『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』



 「劉家、愛霖様」

 残り、五名――琳華の隣の席でじっとしていた愛霖が呼ばれる。部屋に戻ることは許されず、手洗いにも下女がついてきた。唯一、部屋の中に積まれている教本として使っている書物などを読むことは許可されていたので琳華もそれを読んでいたのだが……愛霖も緊張した面持ちで椅子から立つ。

 「愛霖様。本はわたくしが片付けておきますから、ご武運を」

 本をどうしよう、ときょろきょろしていた愛霖に声を掛ける琳華。どうやら極度の緊張をしているらしく言葉にも詰まり、琳華に何度もうんうんと頷いて女官に連れられて行った。
 琳華も席から立つと愛霖が読んでいた作法の書を手に広間の前部にある卓に自分が読み終わった物と一緒に返しにゆく。

 「あの様子では皇子様とまともに話など出来ないかと……そう思いません?」
 「丹辰様……」

 また新しい物を一冊、と琳華が手にしようとした時だった。

 「何となく、年齢順で呼ばれているように思えます。あとはお家柄?わたくしと琳華様が呼ばれていないとなると」

 確かに琳華の年齢は一番上であるが丹辰も次の次。間に他の秀女が挟まっていたがその女性は既に家に帰されていた。伯家の格も周家の次である。秀女同士で話をすることは禁じられていないので琳華は丹辰の隣、空いてしまった葉の席に浅く腰を下ろす。

 「多分、そうなのでしょう。愛霖様については前にもお話したように偶然、わたくしの隣になって……あとはそう、年齢的なものもありますから」
 「……琳華様が皆に平等にお優しいのは分かります」

 人の目がある、と言ってももうこの場にいるのは丹辰の取り巻きの(ヤン)と他に二名、そして琳華だけ。廊下には秀女が化粧品を取りに行ったり不正を働かぬよう下女が番をしているが女官は近くにいない。

 「そのお心から貴族の幼い子女に向けて家庭教師もされていた、と」
 「ええ、そうです」
 「わたくし実は以前、お見かけした事があって」
 「そうなのですか?」

 そんなに近かったっけ、と琳華は自分の頭の中にある屋敷近辺の絵図を思い浮かべるが……ない。周家は東側、間に商家や繁華街などを挟んでいるので大通りの向こう側へは用がなければ、輿にでも乗る機会が無ければあまり行かない。丹辰の屋敷は多分、そちら側。

 「本当に偶然でした。ちょうど琳華様がお帰りになられる時だったと思います。小さな姫君に対してとても礼節に富んだ別れの挨拶をしていらっしゃって」

 ああ、と琳華は思う。いつもの帰り際のアレだ。
 ことさら小さな姫君とはよく『ごっこ遊び』をしている。しかしそれはただ子供に付き合ってやっている訳では無く、きちんとした礼儀作法についての学びの意味があるのだ。

 「そのお姿を拝見して、なんて優しくお美しい方なのかしら……と」
 「は……?」

 開いた口が塞がらなくなった琳華は羽織の袖で口元を隠す。
 思わず素の声が出てしまったが目の前の丹辰は胸の前で手を組んで、どこか夢の世界を見ているようだった。

 「小さな姫に対してあの完璧な礼儀作法、優しい眼差し、立ち去られたあとも侍女と楽しそうにお話をされて」

 どこまで見ていたんだろうか。
 そしてなぜ、その姿が周家の末娘の自分だと気がついたのだろうか。

 「わたくし、すぐに侍女にあとをつけるように……いえ、決してやましい思惑ではなくて」

 うっとりとしながらとんでもない事言っている丹辰に琳華は今、自分がどんな顔をしているのか知りたくなった。

 「そうしたら周家のお屋敷に辿り着いて……それからずうっと、いつかお会いできないかしらと思っていました。ですから今回の秀女選抜、貴族の子女からの輩出枠に琳華様が選ばれたことについてはもう、本当に……素敵な御方と競い合えること、とても光栄に思っていましたの」

 言っちゃった、と恥ずかしそうに両手で顔を隠す丹辰に唖然とせざるを得ない琳華は目だけで残っている者たちを見るが視線を逸らされてしまった。しかも皆がうんざりした表情をしている。これは、もしや……丹辰はいつも自分の部屋に取り巻きを招いては『周琳華』についての話をしていたのだろうか。

 「でもわたくしは……琳華様にはなれませんから」

 顔を隠していた丹辰は言う。
 自分は自分。いくら憧れがあったとしてもその人に自分はなれない、と。

 「琳華様のような透き通った高潔さがわたくしには足りない。だから皆と切磋琢磨をしようと思って……」

 徒党を組んでいた理由はつまるところ伯丹辰の『自己の研鑽』の一環だったのだろうか。また琳華が残っている取り巻きの楊を見るとうん、うん、と頷かれて「丹辰様はいつも琳華様は、琳華様なら、とおっしゃっては作法のお稽古を」と暴露してくれた。