そんじょそこらの貴族の娘より体も心も鍛えられている琳華ですら疲れている。他の秀女たちはもう、身体的にもくたびれ果てていた。疲れに比例し、侍女を叱る声もどうしても強まってしまう。しかしそれらの素行を見聞きした下女たちは全て、上司である女官に報告をしている。
「やっぱり琳華様は淡いお色より濃い色の方が」
朝食後の座学の時間の前。
廊下に出れば朝の挨拶よろしく丹辰の衣裳と化粧の見定めが始まる。もはやこれは二人の日課になっていた。秀女が残りの八人になってから妙に彼女は突っかかってくるようになったと言うか。
それに合わせて取り巻きもしらーっとした表情を琳華に向ける。
そんな視線など意に介さない『最年長の年増』である琳華は「丹辰様、今日は一段と華やかでいらっしゃいますね」と普段通りの挨拶を交わす。
比較的丹辰は華やかな色合いの羽織を着ているが今日の髪形もいつもより気合が入っているように見えるのは気のせい……ではないような気がする。
「気分転換も兼ねていますの」
伯丹辰の親も上級官僚だ。何か情報を得て今日、このあと短い時間ながら秀女全員が皇子と直に謁見をすることを知っているのではないだろうか、と勘繰る。
「そうですね。日々、同じでは……」
「ね、だから琳華様も先日のくっきりとした色合いの紅の方が似合ってらっしゃるわ」
単純に年齢のことを言われているような気もするが琳華自身も淡い色の紅より濃い色の方が合っているとは思っていた。何より濃い色の紅は母が選んでくれた。何となく距離を置いていたが母は娘の肌や顔立ち、それに似合う色をよく知っていた。
「琳華様はお肌も綺麗ですしどのようなお化粧品を使われているのかご教授していただきたいのですが今日はご予定、空いてらっしゃいますか?」
今日の今日か、とは思ったが付き合いの悪さで角を立てたくはない。しかし今日はこの後に順次、皇子と謁見が控えているので空くのは夕方か。
それを知らない、として……その後にお化粧談義。偉明からも別に呼びたてられてはいない。
「是非に。丹辰様のご招待ですもの、よろこんで」
にこっと笑って場を流す琳華は背後に控えていた梢に「そう言うことだから」と伝えておく。
「わたくしと丹辰様のお部屋のどちらにしましょうか」
「琳華様がよろしかったらなのですが、わたくしの部屋にお招きしたくて」
「ええ、構いません。楽しみにしていますね」
偉明に毒されている気がしてならない。
この笑顔も、声音も、言葉も――すべては皇子の為に、と思ってのこと。あとちょっと自分が宮正になりたいが為に。
ちょっとした下心なくして大役は務めきれない、と言うか使命が大きすぎるのでもっと現実的な心構えや望みを持っていたかった。それは偉明にも相談しており、彼は許してくれている。
そんな彼の「話のスジが通っているなら構わんだろう」の言葉。日頃から若い部下を管理する立場が見えた瞬間だった。でもそれだけで琳華の心は軽くなっていた。
そしてその日の午前中は最悪の滑り出しとなった。
全てを知っている琳華は例外であるが年齢順で皇子との謁見があると通達された秀女たちはいつ、自分が呼び出されて皇子の前に連れて行かれるのかが分からなかったのだ。初めに呼び出されたのは丹辰が取り込んでいた取り巻きの一人、秀女の中で一番年齢が若かった葉。化粧はいつもきちんとしていて問題は無さそうだったのだがやはり心の準備と言う物が出来ていない。
もはや半べそをかきながら女官に東宮まで連れ去られて行った。
ともなれば、次は誰が呼ばれるのか。
秀女たちが集められていたのは寄宿楼の二階部分、下の部屋に化粧を直しに行く事は許されず……俄かに場が荒れ始める。
暫くしてからまた一人、次もまた丹辰の取り巻きの尹が迎えの女官に連れて行かれたのだが一番最初に連れて行かれた葉は未だ帰って来ていない。
