こうして周琳華の入宮の為の支度は日々、進んでいった。
時に思案をし、時に昼間から体を動かしている琳華の姿が広い庭にあったりなど、梢の丸い瞳には何か覚悟を決めた主人の姿が映っていた。
仮に、とは言え秀女として後宮に入れば自由な時間は極端に減ってしまう。だから、今だけは。
荷物を抱え、庭に面した外廊下を歩いていた梢は庭木の面倒を見ていた琳華に声を掛ける。
「お嬢さまぁ~!!先に持ち込むつづらに入れる物なのですが~!!」
「待って、今行く!!」
父親からの命令により新しい羽織りを三着用意し、髪飾りも半分ほど新調した琳華。
それらを先に後宮に持ち込む為に周家の家紋が入ったつづらに詰めるのだがいくら上級貴族の娘とは言え持ち物は入宮する際、琳華が憧れる宮正たちによって厳しく検められるらしい。
別に何もやましい物は無いし、持ち込みの制限が掛けられている数の上限までを梢と確かめながらきっちりと用意する。
そう言う所も人となりとして見られてしまうのかもしれない。
「これは今日から梢の簪と手巾よ」
「うぅ……有難うございます。一生の宝物にいたします」
「わたくしには可愛すぎるからいいのよ。小梢の方が絶対に似合うんだから」
琳華が桃色の玉が填まった銀の簪と一緒に贈った手巾。花模様が刺繍されているがそれは琳華と梢が試行錯誤をして縫い付けた物。よく見ると周家の家紋が縫い込まれた模様で、良家の娘の嗜みとして、ではあるが琳華にしては暇つぶしの一環の手仕事だった。雨の日の退屈しのぎの内のひとつであったが良く出来た一枚を今日、夕方には送り届けなくてはならないつづらに梢の荷物として一緒に納める。
「さて……絽梢、よく聞いて」
つづらを挟んで梢と向かい合って座っていた琳華は彼女の姓名を力強い口調で発音する。
「父上から話を聞いた分では今、後宮では宗駿皇子様に良くない影が近づいているとのこと。そして今回の秀女選抜を通過した者の中にも間者が紛れ込んでいるかもしれない」
琳華が父親から受けた役目の全貌を今一度、梢に伝える。
「わたくしは秀女となり、その影を後宮内で探る。これは宗駿皇子様の身を守り、ひいては王朝そのものを御守りすることに強く繋がる大役よ」
自分がどこまで出来るのかは分からない、と口にするが梢は琳華の爛々としている瞳を見る。これは彼女が覚悟を決めた時の目だ。
昔、主従の誓いを立てるために二人でこっそりお酒を舐めるように飲み交わした日にも琳華は同じ目をしていた。
生まれた場所に甘んじようとはしない主人の姿勢は真っ直ぐで、美しい。こんなにも美しいのだから皇子の目に留まる可能性も無きにしも非ず、なのではないだろうかと梢は少し思う。
宗駿皇子は人徳のある唯一無二の皇子だと世に知られている。そしていつかは大陸を治める皇帝となる人。そんな尊い人の傍にもし、琳華があったとしても……なんだか、想像が出来てしまう。
「お嬢様、私も出来る限りのことをさせていただきます。でもどうか、ご無理だけは」
「そう。前にも伝えたけれど小梢にはその役割をお願いするわ。あなたになら全部、安心して任せられる」
「っ、はい。この絽梢……ご主人様の願い、しかと承諾致します」
最敬礼として手を組み、丁寧に頭を下げる梢に琳華も頷く。
ひとつの部屋で交わされる姉妹の絆と変わらない強く、芯のある主従の誓い。それを廊下でそっと聞いていたのは琳華の母だった。娘が後宮の官僚になりたがっているのは兄たちを見つめる羨望の眼差しでもう分かっていたこと、こうなるのも時間の問題だと思っていた。
子供のころの琳華は子猫のように可愛らしかった。それでもいつしか彼女は大人になって、母親である自分と距離を置いた。子離れ出来ていないのは自分の方だったのだと母親は後になって気づき、可愛さ余って少し厳しくし過ぎた。それについて悩んだことももう過ぎ去った思い出なのだと、それが成長なのだと受け止める。
かつて後宮に勤めていた琳華の母はそこで覚えた音の無いすり足――衣擦れ一つすら立てないまるで猫のような足取りで娘の部屋の前から立ち去る。その表情に厳しさはなく、でもどこか寂しそうな表情をしていた。
「そうと決まれば気合を入れるわよ」
「はい、お嬢様!!」
どかん!!と音を立てて琳華がどこからともなく酒瓶を取り出す。好奇心旺盛、天真爛漫な猫のような二人が新たに誓いを立てたのは入宮の二日前のことだった。
