『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』



 隣の部屋にいたらしい梢はどうやら雁風と談笑をしていたようで楽しかったのか頬が赤い。琳華が菓子を包んで欲しいとお願いをすればどこからともなく取り出した大判の懐紙にせっせと饅頭などを包み始める。

 「ご息女、もし周先生に手紙を出したければ私か雁風に預けてくれ。そうすれば当たり前だが検閲はしない。諸々の偽装として実家に出す方の手紙ならば皆と同じようにすると良い」
 「よろしいのですか?溜まりに溜まった鬱憤を父につらつらとしたためてしまうかもしれませんよ?」

 偉明から受ける自分の扱い(仕打ち)について暗に言っている琳華の気の太さ。言われてしまった偉明は吹き出すように笑う。

 「~~っ!!」

 その笑った顔がまた琳華の若い胸の内を妙に撫で、くすぐる。

 「お嬢様、支度がととの……?」

 しっかりすっかりお菓子を包んだ梢はまたしても偉明と話をしたあとの主人の様子がおかしいことに気づく。
 また何か偉明によって心を“いい塩梅”に乱されでもしたのだろうか。この際なので「それは恋患いなのでは?」と言ってしまえば良いのだが今は大切な役目を請け負っている最中。琳華の信条を鑑みてしまうともし、偉明と良い仲になっても彼女の『使命を全うする』鋼の意思のせいで二人が心を通わせるのがとても遠回りになってしまう可能性がある。
 今はまだ何も触れずに見守っていた方が良いのかもしれない、と梢は大きなお菓子の包みを抱えて偉明と雁風に一礼をする。

 別室に通されていた梢は雁風から「小梢殿は料理が得意と聞いて」と琳華の父からの情報により兵糧の改良について話をしていた。そんな折に偉明と琳華の二人について“ここだけの話”も少しだけしていたのだ。
 梢も雁風がいかつい兵士のわりには男女の恋愛の機微が分かる人物と知ってつい、楽しく話しこんでしまった。

 「小梢……わたくし、変じゃないかしら」
 「と、言いますと」

 東宮、偉明の執務室からの帰り道。風にあたりたい、と言う琳華の意向により庇のある渡り廊下では無く庭を抜けるように二人は歩いていた。

 「冬の御方といると胸が苦しくなると言うか、多少の無礼を承知で素のわたくしも見せてしまうけれど……それを何も気にせず許して下さる、から」

 立ち止まり、少しだけ背後の東宮を見やる主人の美しさたるや。
 振り返る姿のその優美さは秀女の中でも最年長であり、筆頭の印として通行証の組紐を賜った事を裏付ける輝きを放っていた。
 梢に言わせてみれば「お嬢様に後光が差している」であり琳華の面立ちが好みの者はきっと魅了されるような美しさ。
 梢はそんな主人を尊敬の眼差しで見つめながら可憐な唇を開く。

 「最初は少し棘のある方かと思いましたが、お嬢様とお話をされている時の冬の御方は……ふふ、ぐふふふふふ」
 「え、ちょっと小梢?!」
 「うふふっ」

 お部屋に戻りましょう、と笑って促す梢の心が読めずに琳華は戸惑う。雁風と楽しい時間を過ごせたようでそこは良かったのだが今の含みのある笑い方は気になる。

 「むふふふ~」

 しかもまだ笑ってるし。
 東宮専任の親衛隊長の張偉明……彼は琳華より三つ年上かつ、未婚であった。
 切れ長の瞳にすらりとした立ち姿、会って話せば清流のせせらぎのように嘘八百の上辺だけの褒め言葉を言う。その唇は弧を描いているが笑ってなどいない瞳の奥。それについて気がついている者は数少ない。

 ただ、琳華は彼を凍てつく冬をなぞる『冬の御方』と呼ぶほどに最初から相当な洗礼を受けた。それでも彼女は引き下がらず、今日は彼に目くじらすら立てた。
 華やかな女性二人が去った執務室では偉明が珍しく「宗駿様やお前たちではない者と久しぶりに会話を楽しめた。と言うよりもこれは……すっきりした部類か?」と感慨深げに言い放ち、雁風が目を丸くさせながらその感想を「ようございましたね」と締めくくっていた。