小梢に付き添われて東宮近くまで散歩をしようと寄宿楼内の廊下に出た琳華に突如、凜とした声が掛かる。
「琳華様、お散歩ですか?」
「ええ。丹辰様は……」
「今から楊の部屋でお茶をしようかと思ったのですが」
今日の伯丹辰は濃い桃色の羽織に髪にも華やかな簪を挿していた。どうやら丹辰の取り巻きの一人である楊は彼女と昔馴染みらしい。丹辰が行動をする時には楊も必ずくっついている。
――秀女の数は今朝、八名に減っていた。
同格の貴族の娘たち同士なら仲が良いのも分かる。しかし琳華は丹辰とは歳が離れていたし、梢と一緒に行動をしながらも家庭教師として日中はよく働いていたのであまり友人と言える女性はいなかった。昔馴染みは皆、嫁いでしまっていたのだ。
「琳華様はお散歩がお好きなのですね」
「え……ええ」
「よく外で親衛隊の方々と立ち話もされているようで」
丹辰の言葉に鋭いな、と琳華は思ったが微笑むだけで無駄に喋らなかった。彼女はいつも何かしら、人の粗を探す言動が多い。自衛の為か、それとも何か警戒をしているのか。
やましい事がなければなんてことはないだろう。むしろ、皇子の為の秀女でありながら他の男性と話を気安くする事を咎めているのかもしれない。
それは伯丹辰のみぞ知る、とは言えお茶に誘われそうになった琳華は先に一歩を踏み出す。
「あまり頼りに見えないかもしれませんが年の功による筆頭と言う事で、なにとぞご容赦を」
儚げな表情をしながら、と言うか琳華は本当に少し疲れていた。
納得したような、しないような丹辰をはぐらかすように躱し、多くの人の目から逃げるようにそこまで人の通りが多くない東宮の方へといつもより早い足取りで歩いてゆく。
そして人の気配が減ったあたりで少し座ろうかと梢と話をしていた時、また声を掛けられた。今度は女性の声ではなく、男性の声。
「周琳華様、こちらにおいで下さい。隊長が御呼びです」
白い組紐に濃紺の装束。ひと目で親衛隊と分かる二人の兵が琳華と梢に声を掛ける。この時間、この東宮周辺は紙帯にあった通りに親衛隊の兵のみで番が構成されているようだった。
兵から話を聞くに、どうやら最初から呼びに行こうとしていたようで言われるがまま、そして護衛として偉明の執務室までついて来てくれた兵が中に呼びかけると扉が大きく開いた。
「やあ、ようこそおいで下さった。琳華殿、小梢殿」
ぬっと現れた雁風に初めて敬称を付けて呼ばれた梢の方が飛び上がる。しかも愛称の方だ。
「良かったわね、小梢」
これも琳華が梢を大切にしており、妹のように可愛がっていることが短い間でも雁風や偉明にも見て取れていたからであった。普通、いくら客人の扱いになっている上級貴族の娘の侍女に対してそこまでの待遇はしない。
「と言うことで小梢殿、それがしと少し雑用をしましょう」
あれよあれよと雁風に連れられて行ってしまった梢を見送る事も無く、琳華は偉明の執務室に置いて行かれてしまった。
どうやら偉明は自分と一対一で話をしたかったようだが妹のような侍女に聞かれて困る話など琳華には無い。
何か、今回の件について極秘事項でもあるのだろうか。いや、それなら梢も同席させる筈。
「ご息女が今考えている事が話の大半ではあるが」
「……見透かしているのならお言葉にしないでください」
