『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』



 どうやら蒸かしたてのようで口当たりはふかふか。中に胡麻餡も入っていたので夕食の膳にもついて来るかもしれない。
 とりあえずまだ日は高い。お茶をしてからまた庭を散策……偵察しに行ってもいい。そう梢と話し合っていた琳華だったが扉の向こうから「周琳華様、少々宜しいでしょうか」と声が掛かる。
 その声は丹辰の侍女でもなく、愛霖でもない。

 「お嬢様、女官様からお話があるとのことです」

 跳ねるように素早く扉の前に行き、訪ねて来た人物に取り合っていた梢がぴょこ、と衝立から顔を出したので琳華も席から立つ。
 一瞬だけ、何かしでかしたか心配にはなったが部屋の前にいたのは秀女たちの座学を担当してくれている件の(カク)女官で「別の場所でお話を」と部屋の外に誘われる。ひと息ついたら散歩に出ようとしていた琳華たちはそのまま、鶴女官について行くことになってしまった。

 案内をされたのはつい先ほどまで座学を受けていた寄宿楼の二階部分にある広間の更に奥。用が無ければ誰も立ち入らないような端の部屋だった。

 「どうぞ、こちらへ」

 女官に案内をされて部屋に入った琳華の瞳に映るのは翡翠の玉飾りがついた白い組紐を腰に提げた涼やかな麗人……属している方の呼び方ではなく彼の名を言葉に出してしまいそうで口を噤む。

 「親衛隊長様、お連れしましたよ」
 「ああ、すまない」

 偉明と雁風の二人が窓際に立っており、女官の鶴もそのままその場に留まる。琳華は礼儀として頭を傾いだがそう言えば偉明が勝手にやって来る時はこんな丁寧に挨拶をしていないと思い返す。

 「急に呼び立てて悪いが周琳華殿、単刀直入に言おう」

 目を細め、人あたりの良さそうな表情をしている偉明だったが琳華は彼の完璧な仮の振る舞いから少し目を逸らすように揺れる白い組紐飾りを見る。

 「琳華殿は秀女たちの中では最年長。お父上に至っては私も大変お世話になっている。そこで琳華殿のお家柄や年功序列を考慮し、頼みたいことがあるのだ」

 さらさらと清流のように喋る偉明に対して揺れる組紐の飾りをじーっと見ていた琳華の視線が少しだけ上がる。

 「これから暫く、私と面談をする機会を設けたい。各部署とも話し合ったのだが日頃の宗駿様のご様子は私もよく存じ上げている。そして私自身もこちらとの行き交いの機会も多く、何より琳華殿はご聡明であると聞いている。そこで……そう、琳華殿には秀女を率いる者となって頂きたいのだが」

 あまりにも突然の偉明の提案だったが琳華は戸惑いを見せることは無く、一度姿勢を整えるとすっと胸元の前に手を揃えて頭を下げる。

 「わたくしを指名していただき大変光栄で御座います。最年長と言うこともあり幾ばくか気がかりではありましたがこれも宗駿皇子様の為とあらば……謹んでお引き受けをいたします」

 偉明は皇子に近い存在として、皇子の政や身辺警護を理由に宮殿全体の中でもかなりの権力を持っている。それに、内部の不正も彼に見つかればひとたまりもない。だから――誰も偉明に強く言える者がいない。
 今回はそれを逆手に取った彼の行動力。本当は動揺している心をぐっと抑えた琳華の臨機応変な対応も上手い具合に噛み合い、偉明は深く頷く。

 「それでこそ宗駿様の将来の……このような姫が宗駿様のお傍にいらっしゃるともなれば安泰ですね、鶴殿」
 「まあ、親衛隊長様はいつもお言葉がお上手で」
 「では鶴殿、これで話は纏まったと言うことで宜しいか?」
 「ええ、琳華様ならば華やかさの盛りの秀女たちを率いてくれるでしょう。我々も出来る限り、お支えしますからね」

 多分、ここにいる全員が何かしらの嘘や偽りを隠し持っている。
 偉明だけではなく、鶴女官の方も。琳華にはどうしても分かるのだ。それは彼女が生まれ持った繊細な気質にあり……だからこそ、父親は娘を使った。悪い空気も、良い空気も娘なら判別できると信じて。

 「では早速で悪いが一応、機密を扱う事になる。私の執務室まで来て証文に一筆を頼みたいのだが……鶴殿、このまま琳華殿を東宮まで連れて行っても構わないだろうか」
 「ええ、ええ。そうすれば明日にでも正式に通達が出ますでしょう。これでいよいよ“本格的な秀女選抜が”始まりましたね」

 鶴女官の言葉に頭を下げたままでいた琳華は途端に眉根をきつく寄せる。
 琳華はいわゆる父親のコネクションによる裏口入宮。本来の『秀女選抜』は丹辰や愛霖が受けて来た筆記試験や面接の事を指していると思っていた。今朝のように入宮した後も寄宿楼から帰された者がいたが本当の秀女選抜はまだ“始まってもいなかった”のだ。それを知り、背筋が寒くなる。