暮れてゆく夕方の涼しい風が琳華の頬を撫で、寄宿楼に戻るころにはすっかり熱も引いていた。
「お帰りなさいませ、周琳華様。お夕食の前にお茶をするようでしたらお湯が沸き立てですのでお声掛けくださいませ」
廊下を抜け、部屋に戻って来た二人は布団部屋がすっかり他の秀女と同じ仕様になったと下女から伝えられる。どうやら秀女の皆も当初から噂をしていたらしい。最年長かつ上級貴族の娘なのにどうしてあんな隅っこの埃っぽい部屋にいるのだろうか、と。
そんな噂話はつい先ほど、部屋の調度品が入れ替えられたことによって「きっと何かの手違いだったのよ」で終結した。
部屋に入った琳華と梢は見違えるように整えられている部屋に顔を見合わせる。
「あのね、小梢……さっきの、聞こえていたかしら」
「いえ……風の流れでお二人の声はほとんど」
「この調度品、皇子様のお下がりだそうよ」
「ひぇっ」
ぴゃっと梢の細い肩が跳ねる。
「よ、よろしいのでしょうか……なにやら私にも良いお布団があるようで」
梢は琳華の寝台の隣に衝立を挟んで据えられている簡素な方の寝台を見る。質素な布団だった筈が、今朝まで琳華が使っていた方の布団に変わっていた。そしてその琳華の方の布団はさらにふかふかの、新品にさえ見える物に変えられていた。
卓に備えられている椅子も幅が広いゆったりとした物に変えられていて座面や背面にも綿が詰まっているし、一緒に置かれている円柱状の肘置きも柔らかそうだった。
とりあえずその椅子に座った琳華は肘置きを胸に抱えてぎゅっと抱きしめる。
「偉明様なんて……こうしてっ、こうよっ!!」
「お、お嬢様?!」
「もうっ、ほんとうにっ!!わたくしは!!恥ずかしかったのっ!!!!」
むぎゅう、と琳華に潰された肘置き。よほど恥ずかしい思いをしたのだと梢は悟るがあの時の偉明は心から笑っているように見えた。それを琳華は知らない。
「一体、何があったのですか?」
梢の人懐こい柔らかな声音に肘置きを抱き締めたままの琳華は自分が普段、実家で相当ヤンチャをやらかしているのを偉明に知られてしまった、と梢に伝える。しかも二人で勝手に屋敷から抜け出して夜市に遊びに出掛けていること。父親も知らないはずだが当の昔にバレて……それはとりあえず置いといて。
「こんなことをやっていられるのも今の内だけなのかしら」
明日の朝には帰ることになってしまった秀女もやっと泣き止んだのか廊下は静かになっていた。戻って来た時は下女たちが夜の支度の為に行き交っていたのでそれなりに騒がしくもあったが人の通りがなくなれば静かなものだった。
ふう、と息をつく琳華。
今日は誰が見ても一番美しい秀女だった、と梢は胸を張って言える日だったが寝食をする場所に戻ってくれば現実がある。
「ねえ小梢、このままだと最後に何人が残るのかしら。もちろん、わたくしが最後まで残るわけにはいかないし」
「そうですね……最終日もそう言えば通達されていませんね」
「それで小梢、少し頼みたいことがあるのだけど」
梢は琳華から頼られることに喜びを感じる感性の持ち主だったので一段と今日は美しい主人からの『頼みごと』に機敏に反応する。
