『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』



 その日の夜の寄宿楼は騒がしかった。
 帰り支度を迫られた秀女は泣き、侍女につらく当たっている声が窓が全開になっている角の布団部屋にまで聞こえていた。

 そんな布団部屋の隅に寄せられた椅子に琳華は梢と共に座り、煌びやかな調度品が腰に白い組紐の飾りを提げた男性の兵によって運ばれてくるのを団扇で顔を半分隠して眺めていた。夕食の前までに、と急ごしらえで運ばれて来る上等な衝立や敷物。
 どうして昨日、偉明が強く気にしてくれたのかは愛霖の部屋を見て明らかだった。

 (愛霖様のお部屋とわたくしの部屋をくらべたら……確かに、まごうことなき布団部屋だったとは……)

 集合に遅れそうになっていた愛霖の部屋を訪れた琳華はきちんとした内装の部屋に面食らってしまった。だがどうやら偉明が宣言の通りに口添えをしてくれたらしく本当に『布団部屋のまま』だった部屋が随分と華やかになる。
 しかもその敷物など古くは見えるがかなり上等な物だ。もしかすると皇帝の側室あたりが使っていたように見える豪華さだった。

 「お嬢様、まだ時間がかかりそうなのでお散歩に行きますか?」

 埃が立つから、と二面の窓は開けられていて風通しも良いが流石に琳華に埃を浴びせるわけにも行かない、と梢が判断する。

 「ええ。信頼のおける方々ですから少し席を外していましょう」

 その方が兵たちもやりやすいだろうと考えた琳華は梢を伴って部屋を出る。すらりとしていながらも健康的な琳華だが兵たちはその姿に色めき立つ事は無かった。厳しい試験や面接を何度も抜けた精鋭。後宮の女人には指一本、触れたりなどしない。散歩に行ってくる、と伝える梢に対しても彼らは必要最低限の会話しかしなかった。

 後宮はどの宮も楼閣や棟も華やかであり、そして忙しない場所だった。
 庭の中心部に誂えてある小川のほとりは比較的落ち着いた雰囲気があったために琳華は梢を伴って夕暮れに差し掛かる庭を散策する。
 動いている人の横でじっとしているのが苦手な琳華。実家にいて、気心の知れた使用人たちに混じって手を動かすのが常だった。彼女の健康な体の性質上、普通の貴族の女子たちとは違ってかなり力持ちでもあるので作業を見ているとうずうずしてしまうのだ。
 でも、ここでは絶対にそんな真似などしてはいけない。

 梢が庭に連れ出してくれたおかげで少し気が収まった琳華はふと衛兵の見回りの時間を思い出す。今日、これからの夜の時刻では近くの東通用門に立つ兵は偉明、あるいは父親と内通している者たちの筈。

 何気なく琳華がそちらの方を見つめていると視線に気がついたのか周囲を見渡していた門番が口元だけにこっと一瞬、笑ってくれた。