そして寄宿楼内、元布団部屋に戻って来た琳華と梢は二人揃って椅子に座り込む。
「小梢、わたくしまたヤっちま、ゴホン。やってしまったわ」
「ですがお嬢さまぁ……アレは本当に仕方ないですぅ……」
ずーん、と項垂れている二人の間に暫く沈黙の時間が流れる。
「どうしてわたくしは言い返してしまったのかしら……絶対にそうすべきではない場面だったはずよ。ましてや宗駿皇子様がいらっしゃったと言うのに」
「ふぇッ?!」
そう言えば梢に伝える機会がなかった。
最初に女官に連れられて偉明たち親衛隊の一団と会った時、すでにその後ろには皇子が控えていて。
「兵に扮しているとは聞いていましたが……あ、あの御方様が……あわわわわわわ」
泡を食う梢に琳華も気まずい。
不敬どころの騒ぎじゃない、が――皇子は本当に周家の琳華がどんな命令を受けて秀女として裏口から捻じ込まれてやって来たのかを知らなかった。
梢にもそう伝える琳華は強張っていた肩を落とす。
「父上は今、何をお考えで……そして偉明親衛隊長様はわたくしには皇帝陛下からの勅命である、と」
「旦那様は皇帝陛下に個人的にお伺いなどが出来るお立場、となりますよね」
「そうね。兵部の事務職に落ち着いたものの今は実際に兵が動く前に指示を出すお立場。そうともなれば皇帝陛下にも戦術などのお伺いもされるでしょう」
接点はあるとしても、だ。次の皇帝となる皇子の身、そして国をも揺るがしかねない事態について探ると言う役目。下手な真似をしたら打ち首にだってなってしまうかもしれない。そこまでは求められていないとしても、本当に細心の注意を払って行動をする筈だったのだが。
「お嬢様、お気を確かに」
完全に消沈した琳華。
後宮に来てまだ二日目、一晩を明かしただけ。
偉明とだって会ったばかりだと言うのに。
(偉明様についてはちょっと、馴れ馴れしい気がするのだけれど)
考えても埒はあかないし、そもそもどう調査をしろと言うのだろうか。父親や偉明たち側はある程度、目星を付けているからこその内定調査。それが一体どの家の娘なのかくらい教えてくれたって良いものだ。
何も情報が無い状況ではとりあえず波風を立てないように、他の秀女たちとは平等に仲良くしておくくらいしかできない。
すでに若干、嫌味を言われているがまあその程度ならどうにかなる。
「こうなったら野となれ、山となれ……皆の手本となる秀女であれ……秀女とは正室、皇后となる者。ゆえにいつ何時も皇子様の御寵愛を受けるに値する者であること……」
その時、琳華のぐるぐると整理の付かなかった思考にすっ、と一つの強い光が射し込む。分からないままではいたくないこの性分。それならば今できることをやればいい。そのやることはただ、一つだ。
――秀女の道を極めれば良い。
幸いにも既に宗駿皇子に面は割れているどころか偉明とのやり取りに対して若干、笑われた。印象は正直、悪くないと感じた。
これなら正室や側室にはならないとしても後宮の女官、警備や後宮内の不正を取り締まる官正の職にも近づけるかもしれない。この際、偉明ともどうにかやり取りをして自分は官正になりたいのだと意思を示せば。
「うふふ……ふふふ……っ」
「お嬢様、なにやら悪いお顔をされていますね」
「うふふふふふ」
「最後にそのようなお顔を拝見したのは旦那様に無断で夜市を見に行って夜明け寸前に帰って来た時以来でございます」
父親に女官になりたいと口利きをして貰わなくても偉明、そして……宗駿皇子がいる。秀女としてさらに華麗に振る舞えば万事が上手くいく、かもしれない。
