「……なんて、嘘。本当は、様子を見にいったんだ」
「様子?」
「うん、くずあんがどうしてるかなって……」
斗馬はゆっくりと、体の動きを確かめるように半身を起こした。途中、イテテなんて痛がりながら。
肩に巻かれた包帯が痛々しい。
「もし、くずあんが幸せじゃなかったら、俺が拐ってしまうつもりだった」
「え……?」
「劇団の都合で偽装婚約なんてして、くずあんが悲しい思いをしてるなら、俺が幸せにしてやるって思ってたんだ」
斗馬はそこで言葉を切ると、真っ直ぐに杏を見つめた。やがて、ふう、と息をはいた。
「でも、大丈夫なんだな。くずあんは、幸せなんだって、今、分かったよ」
拐ってしまおうという表現は大袈裟だったかもしれないが、杏を助けたいと思っていたのは本当。いきなり偽装婚約なんて事になってしまい、話が飛躍し過ぎて杏が、困っているんじゃないかと……。
だけど、杏が蒼士を呼ぶ優しい声。愛しいとはっきり顔に書かれた表情で、斗馬には分かってしまった。
――杏は、幸せなんだと。
そうなったらもう、自分の出る幕なんて無いじゃないか。目の奥が熱くなる。泣きそうだった。完全な失恋を思い知り、胸が苦しい。
そんな時、ドアからノックの音が聞こえた。斗馬が返事を返すと、部屋に入ってきたのは、蒼士だった。警察署での事情聴取も終わったようだ。
杏の表情がパッと明るくなる。蒼士も、斗馬の顔を見たとたんホッとしたのか、表情をゆるめた。
「なんだ、思ってたより元気そうだな。心配して損した」
そんな軽口も出るしまつ。
「ええー! 先輩酷い! これでも結構、深く刺されたんですよ!」
「分かってるよ、冗談だ」


