あなたは私のオランジェットの片割れ

 ……静かだ。蒼士は微動だにしていないのか、驚くほど静かだった。彼が動く衣擦れの音すら聞こえない。

 外はまだ夕方前。窓に引かれたカーテン越しでも分かるくらいのいい天気。部屋はエアコンが点いてるから涼しいけど、外はきっと暑いんだろう。車のクラクションの音が聞こえた。ピピピ、と鳴きながら遠退いてゆく鳥の歌声。

 静かだけど、部屋のなかに自分以外が居る、という気配を感じる。

(蒼士さんは何してるのかな……)

 様子を窺おうとベッドから見てみると、丁度、鞄を開けようとしているところだった。中から取り出したのは、何かの本? ノート……? いや、違う。あれは芝居の台本だ。

「……それ、次のお芝居の台本、ですか?」

 思わず声をかけてしまった。「寝ろ!」と、また叱られると思い、杏は布団にちょっと潜った。蒼士は、呆れたようにはあ、とため息をついたが怒りはしなかった。

「そう。明日の午後に稽古あるけど、台詞と動きがあやふやな所あるから、確認しようと思って」

「どんなお話なんですか?」

「……内緒。こういうのは、守秘義務、っていうのがあるんだよ。だから、初日の幕が上がるまでは、ネタバレ禁止なの」

「そっか、そうですよね」

 時々、芸能人が不倫相手に情報漏洩したりとか、ワイドショーで騒がれてること、見た事ある。

「初日の関係者チケット贈るから、観においで」

「いえ! そんなの頂けません! 自分で買いますから大丈夫です!」

「もう買えないよ。一般席なんてとっくに終日完売してる」

「ああっ! そうか!」

 蒼士は人気俳優だ。チケットなんて易々手に入るわけがない。自分の浅はかさに、杏は恥ずかしくなり、もっと布団に潜り込む。蒼士の、ふはは、という吹き出したような笑い声が聞こえた。そして、布団をポンポンと軽く叩く。杏はそぅっと顔を出す。

 優しい笑顔の蒼士が見えた。