「……くずあん、マンション出てくるの、随分遅くなかった?」
「え? ああ、うん。蒼士さんと、次のレッスンの事とか少し話してたから」
本当は他にもいろいろあったけど、斗馬に言うような事でもない。でも、誤魔化したのが少し後ろめたくて、今度は杏が自分のコーヒーを飲んだ。
「そういえば、蒼士さんの提案で、次回はレアチーズケーキを作る事にしたよ。斗馬くんがチーズケーキ好きなんだって、蒼士さんが言っててね――」
杏がそう言うと、斗馬は持っていたコーヒーのカップを音を立ててテーブルに置いた。中のコーヒーが少し飛び散った。
それに驚いた杏が言葉を止めると、斗馬は視線を落とした。
「……いつから」
「え? なに?」
声が小さくて聞き取れなかった。聞き返すと、顔を上げた斗馬は浮かない表情。何が彼にそんな顔をさせているのか、杏には分からなかった。
「蒼士先輩と、随分仲がいいんだな」
「そんなことはないけど……」
どうして急に、そんなことを言い出したんだろう。
「片付けの時も、なんだか二人だけが分かる事があるみたいな雰囲気だったし、いつの間にか下の名前で呼んでるし……」
そこまで言うと斗馬はいきなり自分の頭を抱えて叫んだ。
「あー! カッコわりいな、俺! ごめん! くずあん! 違う、そんなことが言いたいんじゃないんだ!」
コンビニの店員が驚いた顔でチラリとこちらを見たが、すぐに見てないフリでまた業務に戻った。
「斗馬くん、大丈夫?」
心配する杏を片手を上げて制し、斗馬はガブリとコーヒーを飲む。また顔が赤くなって汗をかいているが、それは暑さのせいではなかった。
大きく深呼吸、二回。
そして斗馬は、真っ直ぐに杏を見据えた。


