あなたは私のオランジェットの片割れ

 でも、そういえば、作っている間はふざけたりとか一度もなかった。真剣な眼差しで黙々とやっていた。そして、それが全て役作りに繋がっているんだ。

「ん? なに、どうかした?」

 見つめ過ぎてしまったのだろう、手を動かしながら蒼士は杏に視線を向ける。杏は慌てて洗うのを再開した。

「あ、いえ……俳優のお仕事、好きなんだなあって思って」

「うん、まあ昔はそうでもなかったけど、今は結構、好きかなあ」

 東雲蒼士の芸能活動は結構長い。小学生になる前から、子供服のモデルや子役として活動していた。

「役者って、芝居って凄いんだよ。自分とは全く違う人生を、役の数だけ生きられる。他のキャストたちとこれ以上ないってくらい呼吸が合って作り上げた舞台は震えが来るくらい感動で。しんどい時もあるけど、楽しいって方が上回るから……やっぱり、好きなんだろうな」

 そう言うと蒼士は少し照れた表情で、ふわっと笑った。

 その笑顔に、杏の心臓がドキンと大きな音を立てた。それを合図にしたかのように、上がる心拍数。ドキドキしているのを隠すために、杏は慌てて会話を続ける。

 黙ってしまったらドキドキしている心臓の音が、聞こえてしまうような気がして。

「わ、私、あまり舞台のお芝居って観た事ないんです。今度、観てみたいなあ……」

「ああ、それなら今度の俺の舞台に招待しようか? パティシエのドラマの撮影が終わったら、次は舞台なんだ」

「え! いえ、そんなつもりじゃなかったんですけど……!」

「いいよ。ひとりで不安なら、あいつ――斗馬にチケット渡しとくから、二人でおいで」

 蒼士の口から斗馬の名前が出たとたん、杏のドキドキしていた胸が、どうしてだろう、チクリと痛んだ。

(なんか、嫌だな……)

 どうしてそう感じたのか、よくわからない。何が嫌なのかもわからない。ただ、蒼士にそんなこと言ってほしくなかったという、自分の気持ちに戸惑う。

 その時、クッキーが焼き上がったと、オーブンがピーと音を立てた。