あなたは私のオランジェットの片割れ


「かっ、からかうのは止めてください!」

 真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて、杏は小麦粉の入ったボウルに手を伸ばす。でも、慌てていたせいか、持ち損ねて床へ落としてしまった。落としたボウルはひっくり返り、床一面が小麦粉の海。真っ白だ。

 あっ! と思って杏が焦ってボウルを拾おうと屈んだ瞬間、杏の頭にものすごい衝撃が走った。目がチカチカして星が飛ぶ。

 何事かと思ったら、目の前に杏と同じように痛みに頭を抱えしゃがみ込んでいる蒼士の姿。どうやら、二人は同じタイミングでボウルを拾おうとし、互いの頭をぶつけ合ってしまったようだ。

 杏が痛みに涙目になりながら蒼士を見ると、蒼士も杏を見ていた。目が合った蒼士は床に座り込み、堪えきれない、といったふうに盛大に吹き出した。そして、キッチンに響き渡るような大声で爆笑。

 杏も釣られて大きな声で笑った。

「ヤッベ! 凄い痛かった。杏は、大丈夫?」

「私も、大丈夫です! でも東雲さん、石頭なんですね、痛かった」

 さっきからかわれた仕返しとばかりにそう言うと、蒼士は急に杏を見つめた。

「……蒼士」

「えっ?」

「俺の事は、蒼士、って呼んでよ」

 冗談なのか本気なのか分からないような真っ直ぐな瞳で、蒼士は杏を見つめる。杏の顔はまた、赤くなってきてしまった。

 急に名前で呼べなんて、どう返事をしたらいいのかわからず、杏がオロオロしていると、リビングの方からマネージャーの桐生の「どうしたの? 大丈夫?」という声が聞こえた。キッチンカウンターの蔭で屈んでいるから、二人の姿は見えないようだ。

「桐生さん、掃除機あったよね? 小麦粉こぼしちゃって大惨事――」

 蒼士はそう答えながらパッと立ち上がる。杏もハッとして、床の小麦粉を集め始めた。

 顔はまだ、赤いままだった。