流石にパジャマ代わりのスウェットでお菓子を作るのはあれなので、蒼士はもう一度別室に着替えに行った。その間に、杏もエプロンを付けて準備を整える。桐生はリビングの方で仕事をしている、と行ってしまった。
今日はクッキーを作るつもりだ。レッスンは四回くらいと言われているので、少しずつ難しくしていこうと思っていた。
材料や調理器具を揃えたところでやっと、着替えた蒼士がやってきた。ラフなTシャツにジーンズ姿だったが、ボサボサ髪も整えられていて、さっきのスウェット姿よりはマシだ。でもやはりキラキラオーラは出ていないが……
「そ、それじゃあ、始めますね。今日はクッキーを作ります。まずは――」
やっと始めたレッスン。人に教えるのなんて初めてだから、杏は緊張しながらも一生懸命説明をする。蒼士はそれをメモを取りながら静かに聞いてくれていた。
一通り説明して、実践に移ろうとした時に、蒼士がスッと手を上げた。
「先生、ちょっと質問があるんですが……」
『先生』と呼ばれた事に杏はビックリしてしまった。
「あ、あの! 先生、なんて止めてください! 私、そんなエラくないんで……!」
「じゃあ、なんて呼べば?」
「ええと、葛原でも、杏でも! 好きに呼んでくださって構いません!!」
「……じゃあ、杏先生」
「ええっ?!」
「好きに呼べって言ったよね?」
「あああっ……!」
真っ赤になって汗をかきながら慌てる杏の姿が可笑しかったのか、蒼士はクスクスと笑った。
「嘘、冗談。――じゃあ、杏、でいい?」
Tシャツにジーンズで黒縁メガネ。だけど、笑顔はキラキラしていて。そんな彼に呼び捨てにされ、杏は何だかドキドキしてしまう。
家族以外の男性に、呼び捨てにされたのは初めてだった。


