「実は、くずあんに頼みがあるんだ」
「いったい、どういうことなの?」
「ええと、それが……」
「葛原さんに、東雲蒼士のお菓子作りのレッスンをしてもらいたいんです!」
斗馬が言い淀むと、横から桐生が口を挟んだ。その内容が意外過ぎて、杏は何か言おうと思ったが言葉が出ず、ただポカンと口を開けてしまった。
「ど……どういう事なんですか?」
やっと絞り出した言葉。斗馬と桐生は一度目を合わせると意味ありげに頷き合い、説明を始めた。
「――実は、弊社俳優の東雲に、ドラマ出演が決まりまして」
「はあ……おめでとうございます」
東雲蒼士? ドラマ? 桐生は真剣な顔をしているが、杏には全く関係のない話だったので、ますます意味が分からない。
桐生はコホンと小さく咳払いをすると、話を続けた。
「ありがとうございます。しかし、その役というのが、パティシエの役でして……」
「パティシエ……」
思わず杏は役名を繰り返してしまった。
だって、彼が料理なんてできない事は、先日のCM撮影で既に知っていたから。ボウルと泡だて器を持っているだけでお菓子を作っているふうに見えるように、杏が全てお膳立てしていたのだ。
それなのに、どうしてまたそんな役を受けてしまったのか。
「どうやら、ドラマの監督が東雲が出演している御社のCMを観たらしく、イメージにピッタリだと……」
杏はドキリとした。無茶な役を振られた原因が杏の会社だという事が分かってしまったからだ。桐生は話を続けた。
「東雲と話し合った結果、役を受けたのなら少しでもそれらしく見えるように、極秘にお菓子作りを習おうということになりまして。それで葛原様の先日のCM撮影の時に拝見させていただいたお菓子作りの腕前を思い出し、友人であるという須直の方から連絡を取らせていただいたというわけです」


