あなたは私のオランジェットの片割れ

 灯の無い真っ暗な舞台の幕が、音もたてずにゆっくりと上がってゆく。そしてその中心部にスポットライトが当てられると、東雲蒼士の姿が現れた。もの言いたげな瞳。長い間ののち、やっと口を開いた――

 ――うわあああああん! という大きな鳴き声で、杏はハッと我に返った。

「ああ、やっぱり起きちゃったか~!」

 独り言でそう呟きながら、椅子から立ち上がった。そしてすぐそばに置いてあるベビーベッドから、真っ赤な顔をして泣いている赤ちゃんを抱き上げた。

「よしよし、もうちょっと寝ていてくれると良かったんだけどなあ……」

 ゆらゆらとあやしながら、視線をさっきまで見ていたテレビ画面に向ける。そこには、蒼士が主演している舞台の様子が映っていた。

 最近はライブビューイングの配信で、現地に行かなくても舞台鑑賞が出来て便利だ。生まれて間もない赤ちゃんを連れて、劇場へなんてとても行けないから。

 ――あれから一年。

 杏は日本で、元気な女の子を出産した。

 結婚の発表をした時は、予想はしていたが大騒ぎになってしまった。でも、蒼士が所属する劇団や杏の会社、それに周りの人たちが二人を上手く守ってくれた。

 蒼士のファンたちの反応も好意的なものが多くかった。だけど平野麻友子のような暴走するファンが出ることを懸念して、劇団が暫く杏にボディガードを付けてくれ、妊娠中も無事に過ごす事ができた。

 その後出産し、落ち着いた頃にニューヨークへ移り、今はブロードウェイにほど近い所のマンションで家族三人で暮らしている。

 観ていたのは、蒼士のブロードウェイデビューの舞台。あの夢だった、憧れの監督との舞台だ。有難いことに好評で、今日は千穐楽を迎えていた。

 そのライブビューイングをネット配信で杏は観ていたのだが、やはり赤ちゃんがいると集中して観る事は叶わない。

 子どもと二人で劇場に観に行くのは、まだ暫く先になりそうだ。