あなたは私のオランジェットの片割れ

 蒼士は練り切りにも手を伸ばす。一口食べると、嬉しそうな笑顔になった。甘党なのは変わってない。それが嬉しかった。

 そして甘い物がこの部屋の張り詰めた空気を緩ませたようだった。

「杏は、ここでもケーキ焼いたりしてるのか?」

 杏も練り切りを一口食べながら、首を横に振る。

 祖母の家に来てから、まだ一度もお菓子作りをしていなかった。オーブンもあるし、その他の調理器具も幾つかある。果物や小麦粉などの材料も、商店街に行けば揃うだろう。

 だけどなぜか、作る気持ちにはならなかった。マンションにいた頃は、あんなに毎日のように作っていたのに……。

 作ると蒼士を思い出してしまうからだろうか。

「また、一緒に作ろう。俺にオランジェットの作り方、教えてくれよ」

 蒼士はまだ、杏の作ったオランジェットを食べた事が無かった。杏がマンションを出たあの日、前日に作ったオランジェットが残っていたのだが、どうしても食べる気になれなくて。捨てる事も出来なかったので、マネージャーの桐生に渡してしまったからだ。

 蒼士はコップから手を離すと、テーブルに置いていた杏の手をそっと握った。しかし杏は、その手を避けるように引いた。

「……どうして、ここに来たの?」

 俯いたままそう言った杏に、蒼士は少し困った顔になった。

「どうして、って……杏を迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」

 目を合わせず、杏は無言で首を横に振る。

「杏、もし俺を嫌いになったって事なら、潔く諦める。でも、そうじゃないなら、話を聞いて欲しい」

 杏は少し考えていたが、やがてコクリと頷いた。

 頷いたという事は、嫌われたわけじゃない。そう確信した蒼士は、ホッと胸を撫で下ろし、話し始めた。