ネガティブ悪魔退治! ~疫病神のわたし、実は伝説の浄化姫でした!?~

 たしかに、まがまがしい巨大鉛筆を高速で放ってきた会長の姿は、それこそ悪魔と呼ぶにふさわしいものだった。
 だけど、でも。
「悪魔化現象……? そんなのニュースとかでは聞いたこともないですよ」
 あんな大変なことがよく起こっていたら、すぐ動画なんかで拡散されちゃって大変な騒ぎになっていそうだけど。
「国が、このことを公にしないように、徹底して情報規制をかけているんだ。これには、いくつかの理由がある。一つ目の理由として、ひとの悪魔化自体、そう頻繁に起こることではないから。二つ目の理由は、ひとのネガティブな気持ちに起因して発生するということ以外の情報が明らかになっていないから。ちなみに、たまたま悪魔化を目撃してしまった人間の記憶操作も、多少は行われているんだよ」
「き、記憶操作? そんなことまでしてるんですか⁉」
「うん。もちろん、その技術は国民を守るためにしか使われていないけどね。国は、まだ謎の多い悪魔化現象の存在が明るみになること自体が、ひとを不安に陥れることになると危惧しているんだよ。これ以上、余計な悪魔化現象が発生するのを、多少強引な手を使ってでも防ぎたいんだ」
「なるほど……」
 悪魔化の原因がわかっていたところで、ひとは自分の心をコントロールすることなんてできないだろう。ましてや、自分や、自分の大切なひとたちが悪魔になってしまう恐怖に怯えながら暮らすのは、精神的にとてもしんどそうだ。
 それこそ、国中に悪魔が大量発生してもおかしくはない。
 そんなことになったら……きっと大パニックだ。
 今みたいに、平和になんて暮らせない。
 想像するだけで、背筋に寒気が走る。
「とはいえ、事がたまに起こる以上、なんの対処もしないわけにはいかない。そこで国は悪魔化現象の解決を担う役割をいくつかの家に託した。それが、悪魔を退ける者たち、退魔師と呼ばれる人々の始まりだ。瀬川家もその一つ。僕は、百年以上前から代々続く退魔の家系の生まれなんだよ」
 そう、だったんだ。
 みんなの人気者なのに、放課後、誰の誘いにも乗らずいつも真っ先に帰っていく彼の姿が思い出される。
「じゃあもしかして……、瀬川くんが帰宅部なのも、放課後に友だちと遊びにいこうとしないのも、ぜんぶお家の使命のためなんですか?」
 瀬川くんは夕陽を見つめながら、真剣な表情でうなずいた。
「うん。面と向かってあらためて聞かれると恥ずかしいけど、そういうこと。さっきみたいに実際に悪魔化現象が発生するのは稀なことなんだけど、悪魔が発生したら、いつでもすぐに駆けつけられるようにしたいんだ。僕は、退魔師として立派になりたい。だから、そのための努力は惜しみたくないと思っている」
 聞いていて、きゅっと胸がしめつけられるような思いがした。
 つまり、瀬川くんは生まれながらにして、あのおぞましい悪魔と対峙する宿命を背負っているということだ。
 戦うために、みんなの知らないところで一生懸命に努力して、からだも鍛えたんだろう。あの強さは、一朝一夕に磨かれるものじゃなかったもの。
 誰かのピンチを救うために、陰ながら、たゆまぬ努力をしてきたひと。
 ずるいなぁ。
 こんなの、今まで以上に、輝いて見えずにはいられないじゃん。
 わたしの推しは、やっぱり、とてつもなくすごいひとだったんだ。
 そのことがとてもうれしいと同時に、どうしてか、ちょっとだけ切ない。
 誰かを救っている光そのもののようなひとのそばに、みんなから疫病神と呼ばれるわたしが関わって良いのかと、心のどこかで思ってしまうから……?
 ううん。こんな風に思うのは、おかしいよ。
 だって、瀬川くんはわたしの推しで、最初からとても手には届かない遠いひとだなんてこと、わかりきっていたんだから。
 わたしの心の内を知りもせず、彼は、生き生きとした表情で語った。
「さっき悪魔化の発生を知らせてくれたウサは、超高性能 AIとその他諸々の最新技術をぜんぶ搭載した対悪魔戦闘お助け用ロボットなんだよ。どういう仕組みになってるのかわからないんだけど、半径一キロメートル以内の悪魔化を察知して、さっきみたいに知らせてくれるんだ。あとは、必要に応じて結界を張ったり、武器を出したり、さっき言った記憶操作も自動でしといてくれる優れもの。国から指定された退魔師の一家に支給されるんだ。この子とは、僕が六歳のときからの付き合いなんだよ。ねー、ウサ」
 彼の呼びかけに応じて、うさぎのぬいぐるみがブレザーのポケットから顔を出す。
 丸っこくて、一見、愛らしいただの人形のように見えるけど……?
「理人、さっきから早口すぎるぴょん。普段は修行漬けで、女の子とここまで二人きりになるのがすご~く珍しいからって調子に乗るなぴょん」
「えーと、ウサ? 僕の気のせいじゃなかったら、どんどん生意気な性格になっていない?」 
「ウサは、膨大な大人の知識から、冷静なアドバイスをしているだけぴょん。今まで悪魔化現象とは無縁の世界で生きてきた女の子に、いきなりあれこれオタク知識を披露しまくっても、呆れられるか、つまらなかったて思われるのが大方のオチだピョン」
 なんかこのロボット、かわいい見た目に反して、毒舌じゃない⁉
 それにしてもすごい、まるで心が宿っているみたいな喋り方をするんだなぁ。
「ふぎゅっ! り、理人! なにするぴょんっっ」
「黒野さん。ウサのことは、しばらく記憶からほうむってくれていいよ?」
 瀬川くんは、笑顔で、おしゃべりなウサちゃんロボットを再びブレザーのポケットの中に沈めてしまった。
「は、はい。ええと、ちゃんと葬れるかはわからないですけど……」
 忘れてほしいと言われても、なかなか難しいインパクトがあったよね?
「話がそれてしまったけど、僕のひみつの使命のこと、いま話せることは全部話したよ」
「ありがとうございます。瀬川くんは……、とてもとてもすごいひとなんですね。正直、想像以上だったというか……スケールの大きなお話で、だいぶビックリしてます」
「すごいかどうかはさておき、ひとと異なる生き方をしていることは事実かもね。でも、僕にとってはそれが当たり前だっただけなんだ。生まれたときから、退魔師になるように育てられてきたから」
「そうだとしても、与えられた大きな使命に、逃げることなく正々堂々と立ち向かっているじゃないですか! さっきの戦う姿なんて、すっっごくかっこよかったです! あれほど強くなるのには、ものすごく努力したに違いないです。本当に尊敬します!」
「え、っと……。そ、そう?」
 瀬川くんは、なぜか視線をそらして、頬を赤く染めた。
「……急にめちゃくちゃ素直、しかもドストレートでくるじゃん。なんか調子狂うな」
「ええと、気を悪くされましたか……?」
「いや、違う違う! こっちの話だから気にしないで」
「はい、わかりました」
「あのね、黒野さん。僕が、普通のひとには打ちあけてはいけない使命の話を、こんなにも洗いざらいきみにしたのには理由がある。事件に巻きこんでしまったから、というだけじゃないんだよ」
 ドキッとした。
 もちろん、そうくるだろうなぁとは思っていた。
 だって、瀬川くんがなんの意味もなく、あんな機密情報のオンパレードをわたしに聞かせるわけがないから。
 紅茶色の瞳に見つめられたとき、なぜだか不安な気持ちが心をかすめた。
「……きみは、黒い霧なんて見えなければ良かったのにと言っていた。佐藤会長が完ぺき主義に囚われているということも、すぐに察知して僕に教えてくれたよね。今までのことをまとめると……、きみにはひとが発する黒い霧が見えていて、そのひとの心が読めているの?」
「それ、は……」
 話そうとして、声が震えた。
『そっか……! そうだったんだっ。あんたが、おかしな力を使ってあたしが不幸になるように呪ったのね!』
 あの修学旅行の夜、梨花ちゃんに傷つけられた心がじくじくと痛み出す。こめかみから嫌な汗まで流れてきた。
 ほぼ確信している瀬川くんにはもう隠しようがないって、わかってるのに。
 そうだと認めてしまうのが、とてつもなく怖くなった。
 もし彼にまで気持ち悪いと思われて、完全に見放されたら、わたしは……。
 不安が蛇のようにとぐろを巻いて心に居座りはじめ、うまく話せずにうつむいてしまう。
「あの、大丈夫? もしかしてこの話は、きみにとっては辛いことなのかな……?」
「……えっと、その……ごめんなさい」
 あぁ。
 他でもない推しに、こんなしょんぼりとした顔はさせたくなかったな。
 瀬川くんは、自分のひみつを話してくれたのに。
 わたしは、本当に情けない。
 自分のひみつをこの口で打ちあけることが、今でもたまらなく怖いだなんて。
 推しだと心の中で叫びつづけておきながら、わたしは、そんな彼のことですらも信頼しきれていないのだろうか。
「黒野さん、顔色がとても悪いよ! 無理に話そうとしなくて大丈夫だし、謝らないで。僕の方こそ、辛いことを思い出させようとしてごめん」
「ごめんなさい。わたしが悪いんです。瀬川くんは、大事なひみつを打ちあけてくれたのに……」
「僕のことは、みんなにはひみつにしてもらえれば大丈夫だよ。きみは、勝手にひとに言いふらすような子じゃないって信じてるから」
 それは単に学校で友だちがいないだけじゃ……?
 うれしいはずの言葉も、ひねくれた心では真っ直ぐに受けとれなくて。
「その……、今日見聞きしてしまったことは、絶対に絶対に誰にも言いません! だから……、その、さよならっ!」
「あっ! ちょっ、黒野さん!!」
 慌てて引きとめる彼のことを、振りかえりもせずに走った。
 でもさ、きっとこれで良かったんだよ。
 瀬川くんは、わたしのことを運命のひとだなんて口走ったけど、それもきっとなにかのカン違いだ。
 ひとが発する黒い霧が見える。
 こんなおかしな能力が、不吉の象徴でないとは自分でも思えていない。
 もしもわたしがただの疫病神だったなら、瀬川くんまで不幸にしてしまうかもしれないんだよ。そんなの、絶対にゆるされることじゃない。