ネガティブ悪魔退治! ~疫病神のわたし、実は伝説の浄化姫でした!?~

 流されるままに、ショッピングモールのフードコートへ。
 うどん屋、ラーメン屋、ハンバーガー屋とカジュアルなお店がたくさん並んでおり、親子やカップルなどいろんなひとたちでにぎわっている。
 今さらながら、万が一にもここでクラスメイトと遭遇したらどうしようと別の意味でもドキドキしてきた。
 ただ……。クラスメイトバレの危険を冒してでも、目の前の推しの笑顔は、見るべき価値があるものでした!
「ん~~! 美味しいっ。たこ焼き、久しぶりに食べたかも」
 はふはふと、たこ焼きを美味しそうにほおばる推し、最高すぎるっ! 無邪気で尊いんですが⁉ それに、オムライスに続いてたこ焼きが好物ってなんかかわいくないですか? く~~、どこまでも推せる……っ。
「黒野さん、食べないの? あっ、もしかして猫舌?」
「あ、いえ。いただきます!」
 ふーふーと息を吹きかけて、恐る恐る一口かじれば。
「ん! おいしいですっ」
 外はカリッとしていて、中はとろけるように柔らかい! 自然と笑みがこぼれてくるようなおいしさだ。
「美味しいよねぇ、もう食べちゃったよ」
「えっ、早くないですか⁉」
「午前中は勉強してたから、脳が栄養を欲してたのかも」
「認知バイアスの勉強、でしたっけ?」
「うん。黒野さんも興味を持ったなら、気軽に僕に聞いてくれたらよかったのに」
「……それは、なんか申し訳ないような気がして」
 昨日、わたしは彼から逃げ出したのに。
 今さらすぎるけど、わたし、こんな風に瀬川くんとのんきに接していていいのかな。
 口を閉ざしたら、瀬川くんはわたしの心を見透かすように見つめてきた。
「黒野さん。僕といたら、昨日みたいにまた聞かれたくないことを聞かれるんじゃないかって、不安に思ってる?」
 ぴたりと心の内を言い当てられて、一瞬、息が止まる。
「もう、無理に聞いたりはしないって約束するよ。だから、あんまり僕のことを警戒しないでもらえるとうれしいな」
「でも……、瀬川くんは、それで良いんですか?」
 彼は、背負っているものを見せてくれた。
 わたしだけ見せないなんて、フェアじゃないのに。
 本心を見定めるように瀬川くんを見つめかえせば、彼は困ったような顔をした。
「もちろん、全く気にならないといったらウソになるけど……。うーん、わかった。きみにはなるべく正直でいたいから、ぜんぶ打ち明けることにする。僕が、最初にきみのことが気になったのは、やっぱりあの噂がきっかけだったんだ。その……」
「にごさなくて大丈夫です。わたしが、学校で疫病神と呼ばれていることですよね?」
「……うん。ごめんね、誤解しないでほしいんだけど、本当に疫病神だと思ってるわけじゃないよ? そうじゃなくて……、あのね、笑わずに聞いてくれる?」
 あれ、急に歯切れが悪くなったな。
 あの悪魔化現象をこの目で見たあとだし、今さら、どんなことを聞かされても驚かない自信があるけれど。
「もちろん、笑うはずがありません。まじめな話なんですよね?」
「そう、大真面目だよ」
 瀬川くんは深呼吸をすると、大事なひみつを打ち明けるように、ささやいた。
「僕はね、きみが『浄化の姫』なんじゃないかと思ってるんだ」
「ほえ……? ひ、ひめ……?」
 覚悟していたとはいえ、間抜けな声しか出なかった。
 ポカンとしていたら、瀬川くんのショルダーバッグの中から、見覚えのあるウサちゃんロボットがひょこんと顔を出した。
「説明するピョン。浄化の姫というのは、退魔師一族の間では有名な、古くからの伝説だぴょん」
「あ、ちょっ! ウサってば、呼んでもないのになに勝手に出てきてんの⁉」
「ウサは、せっかくのドキワク休日デートだというのに、理人がまた説明漬けでロマンスの欠片もないことになりそうなのを憂えて、出てきたピョン。むしろ感謝してほしいくらいだぴょん」
「う、ウサちゃん。いろいろと偏見と誤解が混じっているような……」
 やっぱりこの子を記憶から葬るのは無理です、瀬川くん!
「いろいろツッコミきれないけど、ウサが出てきた時点でロマンスの欠片もないことだけは確実だよ! はあ……黒野さん、ごめんね? 今日は、家に置いてくるべきだった」
「ウサがいないと悪魔化の発生すらわからない未熟者のクセに、なに言ってるピョン」
「うー……。その通り過ぎてなんも言えないのが悔しい」
 それにしても、休日のフードコートがだいぶ賑っていて助かったな。
 今のところ、喋るウサちゃんロボットが誰かに注目されている様子はなさそうだ。
「話を戻すピョン。浄化の姫というのは、退魔師なら誰もが一度は憧れる、特別な才能の持ち主のことだぴょん」
「というと……?」
「一般的に、一度悪魔化してしまった人間を正常な状態に戻すには、専用の武器が必要だぴょん。理人が使っている悪魔斬刀もそのひとつ。退魔師によっては、銃や、ハリセンを使うヒトもいるし、武器の種類はさまざまピョンね。修行でいろいろ試してみて、一番使いやすいものを退魔師本人が選ぶ仕組みだから、個性が出るところなんだぴょん」
「ハリセンって、漫才師が使うやつでしょ⁉ それで戦うひとがいるの?」
「さすがにジョーダンだぴょん」
「あ、はい……」
 AIにからかわれたんですけど……!
「だけど、退魔師の武器には共通する欠点があるぴょん。それは、少なからず使用した対象者の記憶を消してしまうこと」
「記憶が消える?」
「そう。武器は、悪魔化の元となっているネガティブな気持ちと、その気持ちに紐づいた記憶を消すことで対象者を正常な状態に戻しているぴょん。その際に、記憶が失われることが多いピョン」
 穏やかでない言葉に、思わず、反論してしまう。
「で、でも……。瀬川くんが救った佐藤会長の記憶は、ちゃんと無事でしたよね?」
 この質問には、難しい顔をした瀬川くんが答えた。
「先輩は、悪魔化した人間の中でも、かなりの軽症者だったんだろうね。運も良かったんだと思う。長いことネガティブな気持ちをこじらせた厄介な悪魔化を解くには、記憶ごと喪失させるほかないんだよ」
 そんな……っ。
「ここまでがゼンテイ条件。でも、浄化の姫だけは、その例外だぴょん」
「えっ?」
「浄化の姫は、対象者の痛みに寄りそうことで、記憶を損なうことなく悪魔化を解くことができると言われているんだピョン。といっても、昔の文献にすこし記述がある程度のいわば伝説的存在。全退魔師の憧れだけど、記憶を喪失させずにどう悪魔化を解除するのかもあいまいで存在自体が疑わしいとされている。ウサも実物を観測したことはないぴょん」
 またもや想像をこえたスケールの大きな話だ。どこか遠い異世界のおとぎ話でも聞いているような、完全なる他人事に思えてしまう。
 で? さっき瀬川くんは……、わたしがその浄化の姫だと思うとか言ってたっけ⁉
「い、いやいやいや! ちょっと待ってください! その浄化の姫とやらは、どう考えてもわたしではないです!! 瀬川くんはなんでそんなカン違いをしてるんですか⁉」
「文献に記載のあった浄化の姫の特徴に、きみが当てはまっているんだよ。その者は悪魔化しそうな人間がオーラでわかる、と書かれている」
「そ、そんな……まさか」
 ありえない、と言おうとして、言葉が途切れた。
 本当に? あの黒い霧が悪魔化しそうなひとのオーラなんだとしたら、たしかにわたしはその条件に当てはまっているんじゃ……。
 いやいや。
 だからって、本当にわたしにそんなすごい力があるとは思えないけど。
 ぐるぐると考えすぎて疲れてきたら、瀬川くんは、申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げた。
「だから……僕がきみに近づいたのは、最初は使命のためだった。こんなことを聞かされて、良い気はしないよね。本当にごめんなさい」
 そっか。
 今までに、瀬川くんがくれたやさしさを思い返して、胸がしめつけられる。
 気にかけてくれていたことも、そばにいてくれたことも、全部使命のため……?
 わたしの存在が、もしかしたら、悪魔退治の役に立つかもしれないから?
 たとえそういう理由だったとしても、彼の存在に救われつづけてきたことは事実だ。やさしくしてくれた思い出が、なくなるわけじゃない。
 それでも瀬川くんは、揺るぎなきわたしの推しだ。
 分け隔てなく接してくれて、うれしかった。
 うれしかった、はずなんだ。
 それなのに、どうしてだろう。
 いますこしでも油断したら、泣いちゃいそうになっているのは。
「でもね、黒野さん。信じてほしいんだけど、今きみと一緒にいたいと思うのは、それだけが理由じゃないよ」
「どういう、ことですか?」
「うーん……自分でも、うまく答えられないんだけど。ちゃんとした理由がないから、僕自身も、戸惑っているというか……。あのね、今の僕は、きみともっと話をしてみたいと思ってるし、きみのことをたくさん知りたいとも思ってる。さっきみたいに他のひとと仲良くされていると、なんだか、落ちつかない気持ちになるというか……」
 ドキッとした。
 戸惑いながらも、自分の気持ちを誠実に言葉にしようとしてくれる姿に、どうしようもなく胸がときめいて。
 煮えきらない言い方だからこそ、彼の本心に近いような気がした。
 悲しい気持ちが、一気に、ドキドキとソワソワに塗り替えられる。
「そ、それは、つまり……?」
「つまり……ええと、その。使命のこととか関係なく、きみのことが、気になっているという感じだと思うんだけど」
「なるほど……? 瀬川くんの気持ち、わかったような気がします!」
「ごほっごほっ。えっ、ほんとに⁉」
 なぜかムセはじめた瀬川くんに、わたしは自分の見解を堂々と伝えた。
「瀬川くんは、わたしと友だちになりたいと思ってくれているんじゃないでしょうか?」
 うん、そういうことに違いない!
 もっと話したい、もっと仲良くなりたい、他のひとと仲良くしているとちょっとだけ面白くないような気がする。これは全て、友だちという間柄に当てはまる話だもの。
「友だち? 友だち……。そう、なのかなぁ」
「でも、わたしが瀬川くんと友だちだなんて、恐れ多すぎるような気がしますけど……。瀬川くんは、本当に良いんですか? わたしと……その、友だちに、なっていただけるんですか? わたしは、浄化の姫だなんてすごい存在ではなくて……ただの疫病神かもしれないのに?」
 期待と不安とをこめた瞳で、じっと彼を見つめれば。
 彼はきょとんとしたかと思えば、すぐにやさしく笑った。
「もちろんだよ。っていうか、そもそも、僕たちってすでに友だちじゃないの?」
「えっ。そうだったんですか……?」
「そうだよ! それにね、きみと一緒にいたら不幸になるだとかいう噂は、そもそも全部バカバカしいと思っているよ。だって僕は、きみと一緒にいて楽しかった記憶しかない。不幸になるどころか、幸せだもん」
 真っ直ぐな言葉が、胸にしみわたる。
 楽しかった。幸せだった。
 今度は別の意味で目頭が熱くなって、泣きそうだ。
 そっか。わたしだけじゃなくて、瀬川くんも、同じ気持ちでいてくれたんだね。
「すごく……すごくすごく、うれしいです……! わたしもです。でも……、もしもわたしといて不幸になりそうだと感じたら、すぐに離れてくださいね? わたしは、瀬川くんが自分のせいで不幸になることだけは耐えられそうにないから」
「きみは、どこまでも他人想いなんだね。そんなきみだから大切にしたいって思うのかな」
「た、大切……?」
 大切かぁ。
 うん。たしかに、友だちのことは、大切にしたくなるものだよね。
「わかった、約束するよ。きみが不安に思うのなら、僕は、きみと一緒にいることを全力で楽しむ。だから、友だちとして、僕のことをもう避けないって約束してくれる?」
 そこまで言われてしまえば、うなずくしかない。
「は、はい」
 学校の子たちに不自然に思われない程度で、という本音は心の中にしまっておくけど。
「ウーーン……。この二人、ナニカが始まりそうでなかなか始まらないピョンなぁ。このもどかしさ、ギャクにすごい。いや、一周まわってこれがトウトイというやつ?」
「ウサ、なんか言った?」
「なーんにも。ウサはそろそろ理人のバッグに帰るピョン」
 気まぐれなウサちゃんは、また瀬川くんのバッグの中に引っこんでいったのだった。