桃ちゃんセンセと田宮くん


 チューターに質問しに来るのは、主にまだ基礎的なことが分かっていない子か、何かしら質問にかこつけて息抜きに来ている子のどちらかなのだ。
 本気で合格を目指していたら無駄な時間は少しでも減らしたいし、授業でわからないことがあればチューターより本部の質問対応部署に聞くのが一番である。何故なら配信しているコンテンツについて一番詳しいのは本部なのだから。
 本部へ質問を送っても1時間もかからないで返信されるし、下手にチューターに聞くよりも授業内容に則した解答が返ってくる。
 チューターも高学歴の受験戦争を勝ち上がった現役の学生を揃えているとはいえ、難関大学を目指している生徒の質問に全て答えられるわけでは無い。
 私自身もそうだったけれど、効率を考えるとチューターを使うよりもサッサと本部の専門部署に聞いた方が手っ取り早いのだ。

 だから私は田宮くんと挨拶以外に言葉を交わした記憶は数回しかないし、彼が塾に通っていたのは6、7年も前のことだ。
 それでも私が田宮くんのことを明確に覚えていたのは、彼が私にしてくれた告白を断ったから。そのことは後悔はしていない。だって当時は曲がりなりにも生徒と先生だったから。
 けれど、それから男を見る目が厳しくなり、長い間恋愛をしてこなかった私にとっては、田宮くんは会いたくてたまらない反面、二度と会いたくない存在でもあった。
 固まっている私をよそに、田宮くんは薄く笑みを浮かべた。

「相変わらず耳に残る綺麗な発音。そのおかげですぐ桃ちゃんセンセって気付いたよ」

 そして田宮くんは生徒の時と同じように、私の話す英語のイントネーションを褒めたのだ。