《天使さま》から始まった

「いっ、いや、ワシは君達と同じで、四月に赴任してきたばかりだから、このあたりの歴史についてはよく知らんのだ」

 ハンカチを取り出して、額に浮かんだ汗を拭う。

 いかにも、「嘘をついてます」と言わんばかりの仕草だ。

「⋯⋯そうですか。それでしたら結構です」

《天使さま》は追及せずにあっさりと引き下がって立ち上がりながら、

「では何かわかりましたらご連絡しますので、今日はこれで。帰るぞ、美織」

「あっ、うん」

 あれ?私、この話し合いにいる意味あった?

 慌てて立ち上がると、会議室を後にした。


「あっ、佳奈、美織。おかえり〜」

 図書室へ戻ると、神野(かんの)彰子(あきこ)一人だけ待ってくれていた。

「遅くなってごめん。みんなは?」

「先にいつものカラオケに行ってるって」

 薄情だな〜と苦笑しながら「了解」と答える。

「何の話だったの?」

 彰子は目を輝かせながら興味津々に訊いてくる。

「ごめん。約束でね、聞いたことは話せないんだ。
でも彰子、《天使さま》はもう絶対にしちゃダメだよ」

 いつにない私の重い口調になにか感じるものがあったのか、彰子も真剣な面持ちで頷いた。