【改稿版】幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。

 そのまま病院の屋上まで連れて来られた。
 屋上は、ちょっとした公園になっていて、入院している患者さんや見舞客もここで談笑したり、日向ぼっこしている人もいる。やけに眩しい梅雨晴れの光が、桐人さんの輪郭をやわらかく縁取る。
 ベンチに座ると、桐人さんは自販機で缶コーヒーを買い、手渡してくれた。
 
「冷たい方が良かったですか?」
「いえ……ありがとうございます」

 さりげない気遣いが、とても嬉しい。
 プルタブを開け、温かいコーヒーを喉に流し込むと、じんわりと体に温かさが伝わっていく。
 桐人さんも私の隣に座り、黙って缶コーヒーを飲んでいる。
 半分くらい飲んだところで、桐人さんが訊ねてきた。
 
「あの……。もしかして、父が何か失礼なことを……?」

 言われて、ハッと気がついた。
 そうだった、病室から出てきて泣いていたら、そう思いますよね!
 
「い、いえ! そうじゃないんです! 安浦先生は全然関係なくて……!」

 潤んでいた涙を、慌てて乱暴に拭う。
 すると桐人さんは、ハンカチを取り出して、私の目頭に当ててくれた。
 
「僕で良かったら、話してくれませんか?」

 借りたハンカチを、ぎゅっと握りしめる。
 安浦先生に知られてしまったら、穂鷹出版に迷惑がかかるかもしれない。
 息子である桐人さんにも話すことではないのかもしれない。
 でも私は、この問題を一人で抱えることができなかった。

「……安浦先生には、絶対に話さないでください……」