【改稿版】幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。

「君……以前どこかで会ったことがないかな?」
「え? いえ……初対面かと思いますが」

 先生のお顔は書籍の著者近影で見たことがあるが、実際にお会いしたことはないはず。
 
「いや、覚えがあるぞ。たしか数年前……そうだ、あの商談の日だ」
「もしかして、父さんがうちの会社に来た日?」
「そうだよ。おまえにも話しただろう。書類が散らばってしまったところを助けてくれたお嬢さんがいたと」
「……ああ!」
 
 私はようやく思い出した。
 まさか、あの男性が安浦先生だったなんて。面接に遅れそうで慌てていたし、写真とはずいぶん雰囲気が違っていたから気づかなかった。
 すると、息子さんが急に私の手を取って、目を輝かせるような笑顔を向けてきた。
 
「あの時は助かりました! あの書類がなければ、きっと商談は失敗していたと思います」
「そ、そんな大げさな……」

 彼の声からは、心からの感謝がにじんでいた。
 どうやら、私が拾い集めた書類は彼らにとってよほど大切なものだったらしい。そんな風に感謝されるなんて思ってもみなかったから、胸の奥がくすぐったいような、落ち着かないような気持ちになる。
 けれど、その余韻も束の間。先生が眉間にわずかな皺を寄せ、深く息を吐く。
 
「はぁ……。しかし、入院中はどうすればいいんだ」
「どうされたんですか?」

 訊ねると、先生は困ったように笑う。