▽
どてんと。
転んだのは、ドリブル練習をしてる最中だった。
『どんまい、ゆい!』
『ほら、ボール。ケガしないようにね?』
『ごめん、ありがとう!』
笑顔で差し出されたボールを受け取って、列に戻る。
やっぱり、ドリブルが上手くできないな……。
それだけじゃなくて、シュートも、パスも、イメージ通りにできたことがない。
これが、バスケをはじめたての頃なら、しかたのないことなのかもしれない。
だけど、ミニバスのチームに入ってから、すでに三年以上が経っていた。
上手な人のプレーなら、いつも近くで見てきたのにな……。
県内でも有数のプレイヤーだと言われるお兄ちゃんと私では、天と地ほども差がある。
ということは……。
まだまだ、練習が足りないってことだよね!
その頃の私は、とにかく前向きで、気付いていなかったんだ。
『高坂は、自主練習をがんばっててえらいな!』
いつも一番に来て、体育館の使用時間ギリギリまで練習していた私のことを、コーチはほめてくれた。
『さすが、高坂の妹だな!』
コーチがそう言ってくれるたびに、誇らしい気持ちになった。
そうだ、私はお兄ちゃんの妹なんだから。
今は下手くそでも、いつかお兄ちゃんみたいに、キレキレのプレーができるようになるよね!
だけど、
『ゆいってさ、がんばってるアピールうざいよね』
更衣室の扉の前で聞こえてしまった、みんなの本音。
『下手くそのくせに、自主練とかしてさ。人一倍練習してるからって、コーチにいつもほめられてるし』
『あれって、絶対にひいきされてるよね。ほら、ゆいって紡くんの妹だから』
『練習しても、上手くならなかったら、意味ないのにね』
……胸が、痛まなかったと言ったら、うそになる。
だけど、その頃の私は本気で信じてたんだ。
練習を続けてさえいれば、いつか絶対にバスケが上手くなるって。
だけど、
『いけるか、高坂?』
『はい!』
この大会で負けたら引退っていう、最後の試合。
コーチに呼ばれた私は、待ちに待った舞台に胸を膨らませていた。
チームには小三の春に入ったけど、練習試合じゃない、公式戦に出るのは初めてだ。
お兄ちゃんがいつも立って、プレーしていた舞台。
いつも外側から見ていただけだったけど、ついに毎日の努力が実を結んだんだ!
残り時間、わずか。ホイッスルの音が鳴る。
ここで私を出すってことは、コーチは私に期待してくれてるってことだよね。
私は緊張しながらも、交代しようとしたんだけど、
『ふざけないでください、コーチ!』
恐ろしい剣幕で怒鳴ったのは、チームメイトの渚だった。
『ここでゆいを出すなんて、何考えてるんですか⁉︎まさか、記念試合にさせるつもりですか⁉︎』
『記念、試合って……』
一度も試合に出られなかった子が、引退前に思い出作りに試合に出してもらうこと、だよね?
コーチは……私の活躍に、期待してくれたわけじゃない?
答えを求めるようにコーチを見ると、コーチは私から視線を逸らす。
それを見た渚は、
『ふざけんな!あたしは、勝ちをあきらめない!』
コーチの胸ぐらにつかみかかる。
『おい、やめろ!試合中だぞ!』
コーチと激しい口論になった渚は、あげくの果てに交代を言い渡されてしまった。
『ほら、いいから行け、高坂』
『でも……』
コーチの指示でチームメイトに連れられ、体育館を出た渚のことが頭をよぎる。
それでも、
『コーチのおれが言ってるんだ。行って来い、最後の試合だ』
……あの時、はっきりと断ればよかったんだと思う。
だけど、チームの一員として公式戦に出るのは、私の夢だったから。
『は、い……』
私は、コーチの言葉を免罪符に試合に出た。
それから数秒で、私は自分の過ちに気付いた。
エースの渚が抜けたことで、チームの連携はガタガタ。点差は急速に開いていく。
その時、体育館の入り口からうらみがましい目で私を睨む渚が見えた。
どうしよう、私のせいだ……。
私が、一瞬でも“試合に出たい”なんて思ってしまったから。
『ゆい、パス!早く!』
『……っ!』
頭が真っ白になって、どう動けばいいのか分からない。いつもできていたはずのことまで、できなくなってる。それどころか、ボールを取ろうとしたチームメイトと、
『痛っ……!』
『ごめん!』
思いっきり、ぶつかってしまったりして。
どうしよう、私じゃ、ダメだ!私がいたら、このチームは勝てない!
だれもが、そう感じているはずだった。
それでもコーチは、私と渚を、かたくなに交代させようとしなかった。渚と口論になったことで、意地になっていたのかもしれない。自分のしたことが正しいって、思い込みたかったのかもしれない。
その日の試合の結果は、言うまでもなく……。
『あんたのせいだ!』
試合が終わっても戻らない渚を見つけた時。渚は、薄暗いろう下の片隅でひざを抱えて泣いていた。
一瞬ためらったけど、渚に謝ろうと声をかけたところで、渚の感情が爆発した。
『チビで、才能もない下手くそのくせに!あんたのせいで、チームが負けた!あんたがいなかったら、勝てたのに。みんなに迷惑かけてるのに、それに気付かず、へらへらバスケ続けて。みんなとっくに、あんたのことなんて見限ってる。三年間続けてダメだったあんたが、バスケが上手くなることなんて一生ない!」
『……っ!』
それは、私がうすうす感じていて。
だけど、受け入れたくない現実だった。
私は、バスケが好きだ。だけど、もうずっとずっと……。
『お疲れ、ゆい。遠征で観に行けなくてごめんな。試合はどうだった?』
『う、ん……。負けちゃった』
玄関で声をかけてくれたお兄ちゃんに笑顔を返して、自分の部屋に戻る。
その瞬間、一気に全身の力が抜けて、扉の前にへたりこんだ。
そう、だ……。私、ずっと……。
『苦し、かったんだ……』
どれだけがんばっても、練習しても。お兄ちゃんに追いつくどころか、自分よりもあとにはじめた子たちに追い抜かれてしまう。
みんなに追いて行かれる辛さを誤魔化すために、がむしゃらに練習に打ち込んだけど。みんなとの差は開いていくばかりで、私の努力が実を結ぶことはない。
思えば、練習中も試合中も失敗続きで、みんなに謝ってばかりだった。
みんなに迷惑をかけてるって自覚があって。だけど、どれだけ練習しても、みんなのとなりには並べなくて。
『大好き、だったのにな……』
いつからか、私にとってバスケは、苦しいばかりで楽しいものじゃなくなっていた。
私はチームの邪魔にしかならなくて、私がいないほうがチームは上手くいく。
気付くのに時間がかかってしまったけど、もう間違えないから。
……バスケを辞めてから、無気力に、ぼーっとしてる時間が増えた。
その頃の私は、笑うこともできず、何もかもに希望を見いだせないでいた。
そんな時、
『なあ、ゆい。よかったら、土曜日の大会、応援に来てくれないか?』
お兄ちゃんに誘われて、すごく迷った。
八月にあったお兄ちゃんの引退試合は、熱が出て観に行くことができなかった。
お兄ちゃんが、三年間いたチームか……。
応援は多い方がいいから、と手を引かれて。葛藤のすえに観に行ったのは、春中の男子バスケ部の試合だった。
はじめは気乗りしていなかったはずなのに、試合が進むにつれて、客席に座る私の目は、春中の選手たちに釘付けになっていた。
プレーの技術や連携は、さることながら。笑顔で声をかけ合って、士気を上げるその人たちは、はためにもすごく仲がいいんだって分かった。
胸が熱くなって、いつの間にか応援していた。
そして、
『いよっしゃ、勝ったー!』
ギリギリの攻防を制し、コートの中で歓喜に沸く選手たちを見ていると、
「あ、れ……?」
自然と、涙がこぼれていた。とめどなくあふれる涙を止められなくて。観客席の手すりの前にしゃがみこむ。
そっか……。私も、あんなふうになりたかったんだ……。
自分のプレーでチームに貢献して。シュートが決まったら、笑顔でハイタッチして。試合に勝ったら、みんなで抱き合ってよろこんで。
なれたら、よかったのにな……。
観客席から眺めるコートは、あまりにも遠い。
私があの輪の中に入れることは、一生ない。
だって私は、才能のない下手くそで。だれからも必要とされてないから。
私がどれだけ願っても、あがいても、私は永遠に役立たずで、チームのみんなの役に立てることはない。
どてんと。
転んだのは、ドリブル練習をしてる最中だった。
『どんまい、ゆい!』
『ほら、ボール。ケガしないようにね?』
『ごめん、ありがとう!』
笑顔で差し出されたボールを受け取って、列に戻る。
やっぱり、ドリブルが上手くできないな……。
それだけじゃなくて、シュートも、パスも、イメージ通りにできたことがない。
これが、バスケをはじめたての頃なら、しかたのないことなのかもしれない。
だけど、ミニバスのチームに入ってから、すでに三年以上が経っていた。
上手な人のプレーなら、いつも近くで見てきたのにな……。
県内でも有数のプレイヤーだと言われるお兄ちゃんと私では、天と地ほども差がある。
ということは……。
まだまだ、練習が足りないってことだよね!
その頃の私は、とにかく前向きで、気付いていなかったんだ。
『高坂は、自主練習をがんばっててえらいな!』
いつも一番に来て、体育館の使用時間ギリギリまで練習していた私のことを、コーチはほめてくれた。
『さすが、高坂の妹だな!』
コーチがそう言ってくれるたびに、誇らしい気持ちになった。
そうだ、私はお兄ちゃんの妹なんだから。
今は下手くそでも、いつかお兄ちゃんみたいに、キレキレのプレーができるようになるよね!
だけど、
『ゆいってさ、がんばってるアピールうざいよね』
更衣室の扉の前で聞こえてしまった、みんなの本音。
『下手くそのくせに、自主練とかしてさ。人一倍練習してるからって、コーチにいつもほめられてるし』
『あれって、絶対にひいきされてるよね。ほら、ゆいって紡くんの妹だから』
『練習しても、上手くならなかったら、意味ないのにね』
……胸が、痛まなかったと言ったら、うそになる。
だけど、その頃の私は本気で信じてたんだ。
練習を続けてさえいれば、いつか絶対にバスケが上手くなるって。
だけど、
『いけるか、高坂?』
『はい!』
この大会で負けたら引退っていう、最後の試合。
コーチに呼ばれた私は、待ちに待った舞台に胸を膨らませていた。
チームには小三の春に入ったけど、練習試合じゃない、公式戦に出るのは初めてだ。
お兄ちゃんがいつも立って、プレーしていた舞台。
いつも外側から見ていただけだったけど、ついに毎日の努力が実を結んだんだ!
残り時間、わずか。ホイッスルの音が鳴る。
ここで私を出すってことは、コーチは私に期待してくれてるってことだよね。
私は緊張しながらも、交代しようとしたんだけど、
『ふざけないでください、コーチ!』
恐ろしい剣幕で怒鳴ったのは、チームメイトの渚だった。
『ここでゆいを出すなんて、何考えてるんですか⁉︎まさか、記念試合にさせるつもりですか⁉︎』
『記念、試合って……』
一度も試合に出られなかった子が、引退前に思い出作りに試合に出してもらうこと、だよね?
コーチは……私の活躍に、期待してくれたわけじゃない?
答えを求めるようにコーチを見ると、コーチは私から視線を逸らす。
それを見た渚は、
『ふざけんな!あたしは、勝ちをあきらめない!』
コーチの胸ぐらにつかみかかる。
『おい、やめろ!試合中だぞ!』
コーチと激しい口論になった渚は、あげくの果てに交代を言い渡されてしまった。
『ほら、いいから行け、高坂』
『でも……』
コーチの指示でチームメイトに連れられ、体育館を出た渚のことが頭をよぎる。
それでも、
『コーチのおれが言ってるんだ。行って来い、最後の試合だ』
……あの時、はっきりと断ればよかったんだと思う。
だけど、チームの一員として公式戦に出るのは、私の夢だったから。
『は、い……』
私は、コーチの言葉を免罪符に試合に出た。
それから数秒で、私は自分の過ちに気付いた。
エースの渚が抜けたことで、チームの連携はガタガタ。点差は急速に開いていく。
その時、体育館の入り口からうらみがましい目で私を睨む渚が見えた。
どうしよう、私のせいだ……。
私が、一瞬でも“試合に出たい”なんて思ってしまったから。
『ゆい、パス!早く!』
『……っ!』
頭が真っ白になって、どう動けばいいのか分からない。いつもできていたはずのことまで、できなくなってる。それどころか、ボールを取ろうとしたチームメイトと、
『痛っ……!』
『ごめん!』
思いっきり、ぶつかってしまったりして。
どうしよう、私じゃ、ダメだ!私がいたら、このチームは勝てない!
だれもが、そう感じているはずだった。
それでもコーチは、私と渚を、かたくなに交代させようとしなかった。渚と口論になったことで、意地になっていたのかもしれない。自分のしたことが正しいって、思い込みたかったのかもしれない。
その日の試合の結果は、言うまでもなく……。
『あんたのせいだ!』
試合が終わっても戻らない渚を見つけた時。渚は、薄暗いろう下の片隅でひざを抱えて泣いていた。
一瞬ためらったけど、渚に謝ろうと声をかけたところで、渚の感情が爆発した。
『チビで、才能もない下手くそのくせに!あんたのせいで、チームが負けた!あんたがいなかったら、勝てたのに。みんなに迷惑かけてるのに、それに気付かず、へらへらバスケ続けて。みんなとっくに、あんたのことなんて見限ってる。三年間続けてダメだったあんたが、バスケが上手くなることなんて一生ない!」
『……っ!』
それは、私がうすうす感じていて。
だけど、受け入れたくない現実だった。
私は、バスケが好きだ。だけど、もうずっとずっと……。
『お疲れ、ゆい。遠征で観に行けなくてごめんな。試合はどうだった?』
『う、ん……。負けちゃった』
玄関で声をかけてくれたお兄ちゃんに笑顔を返して、自分の部屋に戻る。
その瞬間、一気に全身の力が抜けて、扉の前にへたりこんだ。
そう、だ……。私、ずっと……。
『苦し、かったんだ……』
どれだけがんばっても、練習しても。お兄ちゃんに追いつくどころか、自分よりもあとにはじめた子たちに追い抜かれてしまう。
みんなに追いて行かれる辛さを誤魔化すために、がむしゃらに練習に打ち込んだけど。みんなとの差は開いていくばかりで、私の努力が実を結ぶことはない。
思えば、練習中も試合中も失敗続きで、みんなに謝ってばかりだった。
みんなに迷惑をかけてるって自覚があって。だけど、どれだけ練習しても、みんなのとなりには並べなくて。
『大好き、だったのにな……』
いつからか、私にとってバスケは、苦しいばかりで楽しいものじゃなくなっていた。
私はチームの邪魔にしかならなくて、私がいないほうがチームは上手くいく。
気付くのに時間がかかってしまったけど、もう間違えないから。
……バスケを辞めてから、無気力に、ぼーっとしてる時間が増えた。
その頃の私は、笑うこともできず、何もかもに希望を見いだせないでいた。
そんな時、
『なあ、ゆい。よかったら、土曜日の大会、応援に来てくれないか?』
お兄ちゃんに誘われて、すごく迷った。
八月にあったお兄ちゃんの引退試合は、熱が出て観に行くことができなかった。
お兄ちゃんが、三年間いたチームか……。
応援は多い方がいいから、と手を引かれて。葛藤のすえに観に行ったのは、春中の男子バスケ部の試合だった。
はじめは気乗りしていなかったはずなのに、試合が進むにつれて、客席に座る私の目は、春中の選手たちに釘付けになっていた。
プレーの技術や連携は、さることながら。笑顔で声をかけ合って、士気を上げるその人たちは、はためにもすごく仲がいいんだって分かった。
胸が熱くなって、いつの間にか応援していた。
そして、
『いよっしゃ、勝ったー!』
ギリギリの攻防を制し、コートの中で歓喜に沸く選手たちを見ていると、
「あ、れ……?」
自然と、涙がこぼれていた。とめどなくあふれる涙を止められなくて。観客席の手すりの前にしゃがみこむ。
そっか……。私も、あんなふうになりたかったんだ……。
自分のプレーでチームに貢献して。シュートが決まったら、笑顔でハイタッチして。試合に勝ったら、みんなで抱き合ってよろこんで。
なれたら、よかったのにな……。
観客席から眺めるコートは、あまりにも遠い。
私があの輪の中に入れることは、一生ない。
だって私は、才能のない下手くそで。だれからも必要とされてないから。
私がどれだけ願っても、あがいても、私は永遠に役立たずで、チームのみんなの役に立てることはない。

