春ヶ丘中学校男子バスケ部〜マネージャーになんてなりません⁉︎〜

「は、はぁ。よゆうそうだね……」
「あたしも、ミニバスやってたの。コネ持ちのあんたがいなければ、あたしがぶっちぎりの成績でマネージャーになれたのに」
その子のジャージには、杉本(すぎもと)と刺繍がある。
私たちのことを警戒して、敵情視察にきたのかもしれない。
話せば、話すほど体力を使うのに……。
怪訝に思って眉をひそめていると、無視されたと勘違いしたらしい。
杉本さんの意地悪そうなつり目が、ギラリと光る。
「とにかく、マネージャーになって綾人先輩と付き合うのは、あたしだから」
「な、何よ……。負けないんだから……」
心音ちゃんは、ぜいぜい言いながら言い返す。
「はぁ?あんたなんて、最初から相手にしてないから」
杉本さんは、息もたえだえな心音ちゃんを鼻で笑って、
「元部長の妹だか知らないけど、お荷物抱えたあんたには無理。勝つのは、あたしだから。ムダな努力、ご苦労さ・ま」
杉本さんは、嫌味たっぷりにショートの髪をなびかせ、行ってしまう。
「あ、あいつ、ムカつくぅ……。あたしだって……」
制限時間ギリギリにラインを超えて、どうにか間に合った心音ちゃんだったけど。
七周目に入ったところで、体力の限界がきたみたいだ。
トラックの中盤あたりで、心音ちゃんはガクンとひざから崩れ落ちる。
「心音ちゃん!大丈夫?ケガは?」
「ひざすりむいただけ……。だけどもう、体力が……」
肩で息をする心音ちゃんの顔は、土色だ。血がにじむ傷口も痛々しい。
「佐渡さん、ケガしたの?」
美桜先輩が、心配そうに駆け寄って来る。
「私が運びます!すぐに保健室に行こう」
「ううっ。ありがとう、ゆいちゃん……」
私は心音ちゃんの肩をかついで、立ち上がる。
そこに、一周走り終えた杉本さんが通りかかった。
杉本さんはすれ違いざまに、私と心音ちゃんだけに聞こえる声で、
「身のほど知らずのデブが、夢見るからよ。こんな大勢の前で、ブタみたいに転かっちゃって恥ずかしい」
バカにするような笑い声に、心音ちゃんの肩が、びくっと揺れる。
うつむく心音ちゃんの両目には、涙の膜が張っていて……。今にも泣き出しそうな、くしゃくしゃの顔になっていた。
その顔を見た瞬間。カッと、感情のギアが切り替わる。
「今、なんて言ったの?」
腹の底からわき上がる怒りに、一段声が低くなる。
「ちょ、ゆいちゃん?わたしはいいから……」
「何かのために一生懸命になることの、何が恥ずかしいの?」
「は?」
まさか、私が言い返してくるとは思わなかったのだろう。目を丸くした杉本さんは、足を止める。
「がんばっている人を、バ力にして笑う人のほうが、よっぽど恥ずかしい!」
「なっ……!」
きっちり言い切った私は、
「ごめん、心音ちゃん。行こう」
つい頭に血が上って、必要のないことに時間を使ってしまった。
それよりも、早く心音ちゃんを保健室に連れて行かないと。
「ゆいちゃん……!」
「わっ⁉︎」
熱烈なハグをしてきた心音ちゃんは、目をうるませて、
「ゆいちゃんの熱い言葉、わたしの胸にしっかりと届いたわ!」
なぜか感動している心音ちゃんは、ぎゅっと私の手を握って、
「わたし、保健室には行かない!二人の勝負を見届けたいの!」
「ええっ⁉︎」
まさかの展開に、驚いていると、
「悪いが、それは認められない」
うしろから声をかけてきたのは、部長だった。
私たちがもたもたしていたから、様子を見に来てくれたみたいだ。
「バスケ部が取り仕切っている場で、ケガ人を放置するわけにはいかない。里見、保健室まで頼んだ」
「ええ。行きましょう、佐渡さん」
「ええ〜?」
心音ちゃんは、不満そうに口をとがらせる。
だけど、二人の先輩の説得が効いたのか、
「……分かりました。ゆいちゃん、わたしの分までがんばってね!」
「え?いや、私は……」
マネージャー希望ではないんだけど……。
そう訂正する間もなく、
「かたき取ってね!ファイト!」
心音ちゃんは強引に会話を終わらせると、美桜先輩に連れられて行った。
どうしよう。なんか、がんばらないといけない流れになってる……。
もともと私は、心音ちゃんの付き添いだ。
心音ちゃんがケガで離脱した今、がんばる理由はない。
それに、マネージャーになる気もないのに試験を続けるなんて、よくない気がする。
トラックを走る人数は、ずいぶんと少なくなっている。
その中には、杉本さんも当然のように残っている。
順調に走れているのは、杉本さんもふくめた七人ほどだ。
このままじゃ本当に、杉本さんがマネージャーになってしまうかもしれない。
「アクシデントはあったが、ルールはルールだ。また一周目から走ることになるが、どうなんだ。続けるのか?」
部長の問いかけに、私は迷っていた。
マネージャーになりたいって、ほかの子みたいに強く思っているわけじゃない。
だから、私が走ることに意味なんてない。
だけど……。
頭に浮かんだのは、去年お兄ちゃんと観に行った、春中の男子バスケ部の試合。
抜群のチームワークを生かした攻撃で、逆転のシュートが決まる。試合を終えた部員たちは、抱き合ってよろこんでいた。
その光景は、私の理想そのものだった。
あんなに仲が良くて、楽しそうにバスケをする人たちは、はじめて見た。
そんなチームのマネージャーに、がんばっている人をバカにして笑うような人がなるの?
私はそれを黙って見過ごして、後悔しないかな?
心音ちゃんに握られた手の感触が、まだ残っている。
杉本さんのあざけるような笑い声と、友達をバカにする言葉も、耳に残ってる。
もしも、杉本さんの心ない言葉で、選手が傷付くようなことがあったら……。
きっと私は、今日のことを後悔することになる。
「……私、やります」
顔を上げた私は、部長の目をまっすぐに見る。
「もう一度、走らせてください!」
あんな子がマネージャーになったら、チームに悪い風を運ぶに決まってる。
お兄ちゃんが大切にして、今でも気にかけているチームだ。
チームが崩壊してしまうところは、見たくない。
そして何より、友達をバカにされて黙って引き下がるなんて、絶対にいやだ!
私が、答えを出すのを待ってくれていた部長は、
「分かった」
私の意思をくむように、うなずく。
こんな時でも、部長はいつもの仏頂面だ。
だけどその目は、最初に出会った時よりもずっと優しいものな気がした。
「それじゃあ、はじめるぞ」
「ハイ!」
マネージャーになるって、決めたわけじゃない。
だけど、杉本さんがマネージャーになるのだけは、なんとしても阻止しないと!
スタートラインに立った私は、部長の合図で走り出した。