【5】
生徒玄関を出たところで、
「あっ、ゆい!なんだ、やっぱりマネージャーやるのかよ!」
私を見つけて破顔したガクは、男子の集団を抜けてこちらにやって来る。
「げっ。ガク……」
大きく手を振るガクに、私は回れ右。
嫌いなわけじゃないけど、ガクには、いつかの放課後での前科がある。
しかし、
「あっ、どこ行くんだよ、ゆい。マネージャーの入部テスト受けるんだろ?」
私を引き留めようとしたのか、ガクは男同士でするみたいに肩を組んでくる。
「重い、ガク」
「ぐえっ!」
顔をしかめた私は、手のひらでガクの顔を押しのける。
「痛ってぇ~。何するんだよ、ゆい」
涙目で訴えるガクだけど、今のは、ガクが悪い。
ガクは兄弟四人、男ばかりで育ったせいか、とにかくデリカシーがない。
近所に住む私のことは、男友達だと思っているふしがある。
「それに私、マネージャーやらないから。ただの友達の付き添い」
「えー?マジかよ。ゆいがいたら、もっと楽しくなると思ったのに」
がっくりと肩を落とすガクに、
「ガクは、練習中?」
「おう。これから外周行くんだ。地獄の裏山ダッシュだって。やっぱ、練習量半端ねえわ」
ガクは、たくわんみたいにしわしわの顔をして、うなだれる。
ガクの奥で、私たちの会話を聞いていた男子たちも、しわしわの顔をしていた。
「ま、ゆいならどんな試験でも、大丈夫だって。根性あるし!」
「……っ」
ガクの言葉に、きゅっと胸が苦しくなる。
根性……。あったら、今でもバスケを続けてたんだけどな……。
ガクは、私の顔が曇ったことには気付かず、
「ゆいのこと、おれが一番に応援してるから!がんばれよ!」
ガハハッ!と豪快に笑いながら、バシバシと私の背中をたたいて、行ってしまった。
サル山出身みたいなガサツさだ。
けれど、背中に残るじんじんとした痛みのおかげで、沈んでいた気持ちが少しだけ晴れた。
「ゆ、ゆいちゃん!一番に応援するって、」
恋バナレーダーが反応したのか、心音ちゃんが目を光らせる。しかし、
「はぁ~ん!綾人先輩がいる!」
心音ちゃんの興味は、すんでのところでグラウンドの中央に移った。
「……けど、厄介なファンに囲まれてるわね。こうしちゃいられないわ!」
ギラリ。目つきを変えた心音ちゃんは、稲葉先輩のもとに全力疾走。電光石火のスピードで稲葉先輩のとなりを確保すると、シャーッと、蛇のようにほかの女子を威嚇する。
「あの子、すごいね……」
「稲葉先輩命って感じ」
女の子たちは、生命力の塊みたいな心音ちゃんに、あっけに取られている。
私の友達って、どうしてこうフリーダムな人ばかりなんだろう……。
苦笑いしながら歩いていると、
「さっきのって、男バスの一年生だよね?黒川くんいなかったね」
「あっ、わたしも思った。あとから来るのかな?黒川くんってイケメンだから、目の保養なのにね」
近くにいた女の子たちが、はぁ〜と残念そうにため息をこぼす。
黒川って、そういえば何度か聞いたことがある名前だ。直接本人を見たことはないけど、バスケ部に入ったんだ。
バスケ、黒川、って聞くと、ミニバスの大会の時に、上手いって評判だった黒川くんのことが思い浮かぶ。
だけど黒川くんは、バスケの強豪校にスカウトされたって噂だし……。
うちみたいな、ふつうの公立校に通ってるわけないよね。
大会で遠目に見たことがある、冷たい目をした男の子のことを思い出していると、
「あっ、先輩たち呼んでるよ。早く行かなきゃ」
「だね。近くで、稲葉先輩見たいし!」
「ほかの先輩も見られるかも!バスケ部って、イケメンぞろいだって有名だよね〜」
誰がかっこいいとか、イケメンだとか話す女の子たちに、私はちょっと複雑な気持ちになる。
バスケをするのに、顔は関係ないような……?
だけど、その子たちがあんまり楽しそうに話しているから。
私は、心の中のもやもやに気付かないふりをした。
▽
ガクと話している間に、第二グラウントにはかなりの人数が集まっていた。
最終的には、四十三人。来た順に、美桜先輩と稲葉先輩の前に整列してしゃがんでいると、
「それでは、試験の内容を発表する」
最後にやって来た部長が言った。
それを合図に、美桜先輩はにっこり笑って、
「みなさんには、目の前に見えるグランドを三十周してもらいます」
「え……?」
「つまり、体力試験です」
「「「「えぇーっ⁉︎」」」」
第二グラウンドのトラックは、一周二百メートル。三十周で、六キロだ。
それが運動部のトレーニングなら、ハードではあるけど、問題はないと思う。
だけど、
「わたしたち、部員じゃなくてマネージャー希望なんですけど⁉︎」
「六キロも走らせるなんて、正気ですか⁉︎」
今回ばかりは、みんなの不満も分かる。
ここにいるのは、運動が得意な子ばかりじゃない。
そんなことでマネージャーを決めるなんて、おかしい気がする。
列の前に並んでる心音ちゃんは、
「わたし、マラソンとか大っ嫌い……」
青い顔をして、おえっと口を押さえている。
阿鼻叫喚の私たちを前に、美桜先輩はあくまで笑顔を崩さず、
「マネージャーは、意外に体力仕事なんですよ?もちろん、自信がない方は帰っていただいて構いません」
美桜先輩の言葉で、みんなうっとひるむ。
「それじゃあ、大和も来たことだし。オレはお役御免だよね」
「ああ、助かった」
「いえいえ。男子は、外周行って来るね」
稲葉先輩は、解放感たっぷりに男子のほうに戻って行く。
「え~?稲葉先輩、行っちゃうの?」
「稲葉先輩を見るために、来たようなものなのに……」
ぶつくさ言う女子たちに、
「文句があるのなら、やらなくていい」
部長は、冷ややかに言い放つ。
口を閉ざすみんなに、笑顔の美桜先輩は、
「皆さんには、グラウンド一周を一分以内のペースで、三十周続けて走ってもらいます。制限時間に間に合わなくても、午後六時までなら、何度でも再挑戦できます。ただしやり直す場合は、カウントが一周目からに戻るので、注意してください」
チャレンジを重ねるたびに、体力は削られていく。
一度で走り切ったほうが楽だってことだ。
「それでは、ここにいる四十名で試験を開始する」
部長の号令で、私たちはスタートラインに並ぶ。
「ううっ、緊張で吐きそう……」
心音ちゃんが言う通り、マラソン大会の前みたいなピリピリとした雰囲気だ。
うわさを聞きつけたのか、フェンスの前には見物の生徒までいるし。
心音ちゃんは、思い悩むように地面を見つめて、
「わたし、ほんとーに走るのが苦手なんだよね……。ほらわたしって、ほんの少し体形が、ぽちゃっとしてるじゃん?そのせいでマラソン大会でも、いつもみんなに置いて行かれて……。ビリばっかりだったんだよね……」
すっかり弱気になっていた心音ちゃんだけど、
「でも……わたしやる!小学生の時みたいに、卒業する先輩に何も言えないまま泣くのはいやだから。想いを伝えるために、変わるって決めたの!」
ふんっ!と鼻息荒く言って、
「絶対にマネージャーになって、綾人先輩の彼女になるんだから!」
自分を奮い立たせるように、大きな声で宣言した。
「わっ、ちょっと心音ちゃん!」
部長と、美桜先輩に聞こえるから!
あわてて心音ちゃんの口を塞ぐけど、時すでに遅し。
部長たちは、ぎょっとした顔でこちらを見ていた。
「あ、あはは……」
私は、もがもがと暴れる心音ちゃんの口から、そっと手を離してあいそ笑いする。
だけど、心音ちゃんの本気は伝わった。
「分かった。こうなったら、私もとことん付き合うよ!」
「ほんとに⁉︎ いいの、ゆいちゃん?」
「うん。サポートは任せて!」
「やったぁー!ありがとう、ゆいちゃん!」
私も走り切る自身があるってわけじゃないけど。
がんばっている人のことは、全力で応援したいから!
「体調が悪くなった人は、遠慮なくわたしに言ってくださいね」
美桜先輩のとなりには、水泳で使うような一分間を計れる大きな時計がある。
この時計を目安に、ペース配分をしながら走らないと。
「それでは、位置について。三、二、ー、スタートです!」
美桜先輩の声で、みんなが一斉に走り出した。
二百メートルをダッシュで走れば、個人差はあるだろうけど、遅くても四十五秒かからないくらい。
だから、一分以内に一周走るのは、そんなに苦じゃない。
「あれ?わたし、意外といけちゃうかも!」
五十八秒で一周走り終えた心音ちゃんも、よゆうそうだ。
だけど、それはあくまで一周目だけだ。周回を重ねるにつれて、体力は減っていく。
三周目に入る頃には、
「わ、わたし……。無理かも……」
心音ちゃんの息は、すっかり上がっていた。
「心音ちゃん、まずは五周がんばろう!」
「は、はあ。うん……」
心音ちゃんのことを考えると、ベースを落としたいところだけど。時間制限があるから、そうもいかない。
時間ギリギリになってダッシュすると、よけいに体力を使うし。
体力を温存するには、一定のペースで走り続けるのが一番だ。
「三、ニ、ー……。四周目です。いいペースですよ」
ストップウォッチを持った美桜先輩が、一分経つまでの時間をカウントしてくれる。
一周一分で走ればいいから、三十分走り続ければ、課題は達成できる。
だけど、言うほど簡単じゃない。
特に、運動が苦手な子は苦しそうだ。
「わたし、もうダメ……」
そこで、一人目の脱落者が出た。
私たちのすぐ後ろを走っていた女の子が、地面に座り込む。
「危ないので、トラックの内側に入りましょう」
美桜先輩に支えられて、その子は移動する。
みんな、ねばっていたけど、最初の脱落者が出て気がぬけたんだろう。
「あ、あたしも……」
「三十周なんて、無理だって……」
あきらめてしまう子が続出する。この流れはまずい。
「心音ちゃん、すごい!五周達成だよ!」
私は、心音ちゃんのモチベーションが下がらないように声をかける。
「は、はあ。へへっ……」
「あと少しがんばったら、バスケ部のマネージャーになれるよ!」
「ふへっ。はあ、はあ。待ってて、綾人先輩……!」
綾人先輩パワーで元気が出たのか、心音ちゃんの目に生気が戻る。だけど足はへろへろで、無理をすればケガをしてしまいそうだ。
そう考えると、やっぱりこのテスト、異様に厳しいような……。
偉そうに組みしている部長に、疑念を抱く。
本当にこんなことで、マネージャーにふさわしいかどうか分かるのかな?
「はぁ、はぁ……」
六周目に入ると、さすがに息が乱れてきた。
私はミニバスをやってたから、どちらかと言えば体力があるほうだと思う。
だけど春休みの間に体力が落ちているから、決して楽な挑戦ではない。
心音ちゃんをはげましながら並走しているから、自分のペースで走れていないし。
限界が近いのは、心音ちゃんよりも私かも……。
それでも、心音ちゃんに声をかけ続けていると、
「そんな足手まといな子、置いて行けばいいのに」
その子は、わざわざペースを落として、最後尾にいる私たちに声をかけて来た。
生徒玄関を出たところで、
「あっ、ゆい!なんだ、やっぱりマネージャーやるのかよ!」
私を見つけて破顔したガクは、男子の集団を抜けてこちらにやって来る。
「げっ。ガク……」
大きく手を振るガクに、私は回れ右。
嫌いなわけじゃないけど、ガクには、いつかの放課後での前科がある。
しかし、
「あっ、どこ行くんだよ、ゆい。マネージャーの入部テスト受けるんだろ?」
私を引き留めようとしたのか、ガクは男同士でするみたいに肩を組んでくる。
「重い、ガク」
「ぐえっ!」
顔をしかめた私は、手のひらでガクの顔を押しのける。
「痛ってぇ~。何するんだよ、ゆい」
涙目で訴えるガクだけど、今のは、ガクが悪い。
ガクは兄弟四人、男ばかりで育ったせいか、とにかくデリカシーがない。
近所に住む私のことは、男友達だと思っているふしがある。
「それに私、マネージャーやらないから。ただの友達の付き添い」
「えー?マジかよ。ゆいがいたら、もっと楽しくなると思ったのに」
がっくりと肩を落とすガクに、
「ガクは、練習中?」
「おう。これから外周行くんだ。地獄の裏山ダッシュだって。やっぱ、練習量半端ねえわ」
ガクは、たくわんみたいにしわしわの顔をして、うなだれる。
ガクの奥で、私たちの会話を聞いていた男子たちも、しわしわの顔をしていた。
「ま、ゆいならどんな試験でも、大丈夫だって。根性あるし!」
「……っ」
ガクの言葉に、きゅっと胸が苦しくなる。
根性……。あったら、今でもバスケを続けてたんだけどな……。
ガクは、私の顔が曇ったことには気付かず、
「ゆいのこと、おれが一番に応援してるから!がんばれよ!」
ガハハッ!と豪快に笑いながら、バシバシと私の背中をたたいて、行ってしまった。
サル山出身みたいなガサツさだ。
けれど、背中に残るじんじんとした痛みのおかげで、沈んでいた気持ちが少しだけ晴れた。
「ゆ、ゆいちゃん!一番に応援するって、」
恋バナレーダーが反応したのか、心音ちゃんが目を光らせる。しかし、
「はぁ~ん!綾人先輩がいる!」
心音ちゃんの興味は、すんでのところでグラウンドの中央に移った。
「……けど、厄介なファンに囲まれてるわね。こうしちゃいられないわ!」
ギラリ。目つきを変えた心音ちゃんは、稲葉先輩のもとに全力疾走。電光石火のスピードで稲葉先輩のとなりを確保すると、シャーッと、蛇のようにほかの女子を威嚇する。
「あの子、すごいね……」
「稲葉先輩命って感じ」
女の子たちは、生命力の塊みたいな心音ちゃんに、あっけに取られている。
私の友達って、どうしてこうフリーダムな人ばかりなんだろう……。
苦笑いしながら歩いていると、
「さっきのって、男バスの一年生だよね?黒川くんいなかったね」
「あっ、わたしも思った。あとから来るのかな?黒川くんってイケメンだから、目の保養なのにね」
近くにいた女の子たちが、はぁ〜と残念そうにため息をこぼす。
黒川って、そういえば何度か聞いたことがある名前だ。直接本人を見たことはないけど、バスケ部に入ったんだ。
バスケ、黒川、って聞くと、ミニバスの大会の時に、上手いって評判だった黒川くんのことが思い浮かぶ。
だけど黒川くんは、バスケの強豪校にスカウトされたって噂だし……。
うちみたいな、ふつうの公立校に通ってるわけないよね。
大会で遠目に見たことがある、冷たい目をした男の子のことを思い出していると、
「あっ、先輩たち呼んでるよ。早く行かなきゃ」
「だね。近くで、稲葉先輩見たいし!」
「ほかの先輩も見られるかも!バスケ部って、イケメンぞろいだって有名だよね〜」
誰がかっこいいとか、イケメンだとか話す女の子たちに、私はちょっと複雑な気持ちになる。
バスケをするのに、顔は関係ないような……?
だけど、その子たちがあんまり楽しそうに話しているから。
私は、心の中のもやもやに気付かないふりをした。
▽
ガクと話している間に、第二グラウントにはかなりの人数が集まっていた。
最終的には、四十三人。来た順に、美桜先輩と稲葉先輩の前に整列してしゃがんでいると、
「それでは、試験の内容を発表する」
最後にやって来た部長が言った。
それを合図に、美桜先輩はにっこり笑って、
「みなさんには、目の前に見えるグランドを三十周してもらいます」
「え……?」
「つまり、体力試験です」
「「「「えぇーっ⁉︎」」」」
第二グラウンドのトラックは、一周二百メートル。三十周で、六キロだ。
それが運動部のトレーニングなら、ハードではあるけど、問題はないと思う。
だけど、
「わたしたち、部員じゃなくてマネージャー希望なんですけど⁉︎」
「六キロも走らせるなんて、正気ですか⁉︎」
今回ばかりは、みんなの不満も分かる。
ここにいるのは、運動が得意な子ばかりじゃない。
そんなことでマネージャーを決めるなんて、おかしい気がする。
列の前に並んでる心音ちゃんは、
「わたし、マラソンとか大っ嫌い……」
青い顔をして、おえっと口を押さえている。
阿鼻叫喚の私たちを前に、美桜先輩はあくまで笑顔を崩さず、
「マネージャーは、意外に体力仕事なんですよ?もちろん、自信がない方は帰っていただいて構いません」
美桜先輩の言葉で、みんなうっとひるむ。
「それじゃあ、大和も来たことだし。オレはお役御免だよね」
「ああ、助かった」
「いえいえ。男子は、外周行って来るね」
稲葉先輩は、解放感たっぷりに男子のほうに戻って行く。
「え~?稲葉先輩、行っちゃうの?」
「稲葉先輩を見るために、来たようなものなのに……」
ぶつくさ言う女子たちに、
「文句があるのなら、やらなくていい」
部長は、冷ややかに言い放つ。
口を閉ざすみんなに、笑顔の美桜先輩は、
「皆さんには、グラウンド一周を一分以内のペースで、三十周続けて走ってもらいます。制限時間に間に合わなくても、午後六時までなら、何度でも再挑戦できます。ただしやり直す場合は、カウントが一周目からに戻るので、注意してください」
チャレンジを重ねるたびに、体力は削られていく。
一度で走り切ったほうが楽だってことだ。
「それでは、ここにいる四十名で試験を開始する」
部長の号令で、私たちはスタートラインに並ぶ。
「ううっ、緊張で吐きそう……」
心音ちゃんが言う通り、マラソン大会の前みたいなピリピリとした雰囲気だ。
うわさを聞きつけたのか、フェンスの前には見物の生徒までいるし。
心音ちゃんは、思い悩むように地面を見つめて、
「わたし、ほんとーに走るのが苦手なんだよね……。ほらわたしって、ほんの少し体形が、ぽちゃっとしてるじゃん?そのせいでマラソン大会でも、いつもみんなに置いて行かれて……。ビリばっかりだったんだよね……」
すっかり弱気になっていた心音ちゃんだけど、
「でも……わたしやる!小学生の時みたいに、卒業する先輩に何も言えないまま泣くのはいやだから。想いを伝えるために、変わるって決めたの!」
ふんっ!と鼻息荒く言って、
「絶対にマネージャーになって、綾人先輩の彼女になるんだから!」
自分を奮い立たせるように、大きな声で宣言した。
「わっ、ちょっと心音ちゃん!」
部長と、美桜先輩に聞こえるから!
あわてて心音ちゃんの口を塞ぐけど、時すでに遅し。
部長たちは、ぎょっとした顔でこちらを見ていた。
「あ、あはは……」
私は、もがもがと暴れる心音ちゃんの口から、そっと手を離してあいそ笑いする。
だけど、心音ちゃんの本気は伝わった。
「分かった。こうなったら、私もとことん付き合うよ!」
「ほんとに⁉︎ いいの、ゆいちゃん?」
「うん。サポートは任せて!」
「やったぁー!ありがとう、ゆいちゃん!」
私も走り切る自身があるってわけじゃないけど。
がんばっている人のことは、全力で応援したいから!
「体調が悪くなった人は、遠慮なくわたしに言ってくださいね」
美桜先輩のとなりには、水泳で使うような一分間を計れる大きな時計がある。
この時計を目安に、ペース配分をしながら走らないと。
「それでは、位置について。三、二、ー、スタートです!」
美桜先輩の声で、みんなが一斉に走り出した。
二百メートルをダッシュで走れば、個人差はあるだろうけど、遅くても四十五秒かからないくらい。
だから、一分以内に一周走るのは、そんなに苦じゃない。
「あれ?わたし、意外といけちゃうかも!」
五十八秒で一周走り終えた心音ちゃんも、よゆうそうだ。
だけど、それはあくまで一周目だけだ。周回を重ねるにつれて、体力は減っていく。
三周目に入る頃には、
「わ、わたし……。無理かも……」
心音ちゃんの息は、すっかり上がっていた。
「心音ちゃん、まずは五周がんばろう!」
「は、はあ。うん……」
心音ちゃんのことを考えると、ベースを落としたいところだけど。時間制限があるから、そうもいかない。
時間ギリギリになってダッシュすると、よけいに体力を使うし。
体力を温存するには、一定のペースで走り続けるのが一番だ。
「三、ニ、ー……。四周目です。いいペースですよ」
ストップウォッチを持った美桜先輩が、一分経つまでの時間をカウントしてくれる。
一周一分で走ればいいから、三十分走り続ければ、課題は達成できる。
だけど、言うほど簡単じゃない。
特に、運動が苦手な子は苦しそうだ。
「わたし、もうダメ……」
そこで、一人目の脱落者が出た。
私たちのすぐ後ろを走っていた女の子が、地面に座り込む。
「危ないので、トラックの内側に入りましょう」
美桜先輩に支えられて、その子は移動する。
みんな、ねばっていたけど、最初の脱落者が出て気がぬけたんだろう。
「あ、あたしも……」
「三十周なんて、無理だって……」
あきらめてしまう子が続出する。この流れはまずい。
「心音ちゃん、すごい!五周達成だよ!」
私は、心音ちゃんのモチベーションが下がらないように声をかける。
「は、はあ。へへっ……」
「あと少しがんばったら、バスケ部のマネージャーになれるよ!」
「ふへっ。はあ、はあ。待ってて、綾人先輩……!」
綾人先輩パワーで元気が出たのか、心音ちゃんの目に生気が戻る。だけど足はへろへろで、無理をすればケガをしてしまいそうだ。
そう考えると、やっぱりこのテスト、異様に厳しいような……。
偉そうに組みしている部長に、疑念を抱く。
本当にこんなことで、マネージャーにふさわしいかどうか分かるのかな?
「はぁ、はぁ……」
六周目に入ると、さすがに息が乱れてきた。
私はミニバスをやってたから、どちらかと言えば体力があるほうだと思う。
だけど春休みの間に体力が落ちているから、決して楽な挑戦ではない。
心音ちゃんをはげましながら並走しているから、自分のペースで走れていないし。
限界が近いのは、心音ちゃんよりも私かも……。
それでも、心音ちゃんに声をかけ続けていると、
「そんな足手まといな子、置いて行けばいいのに」
その子は、わざわざペースを落として、最後尾にいる私たちに声をかけて来た。

