春ヶ丘中学校男子バスケ部〜マネージャーになんてなりません⁉︎〜

【4】
そしてやって来た、金曜日の放課後。
「マネージャーの入部テストって、どんなことするのかな?レモンのハチミツ漬け作り対決とか?」
「あはは……。調理部じゃないんだから……」
私は、うきうきの心音ちゃんに引きずられて、多目的室に向かっていた。
ろう下には、まばらに生徒が歩いている。
更衣室でジャージに着替えたら、すぐに集合時間だ。
「はぁ〜。早く綾人先輩に会いた~い。パックで肌保温して、髪型も気合入れてきたし。爪には、トップコート塗ってきたんだ。先輩、気付いてくれるかな?」
「そうだといいね」
稲葉先輩のことで頭がいっぱいな心音ちゃんに、私はため息をつく。
『お願い、ゆいちゃん!一緒に入部テストを受けて!』
部活見学に行った日から、心音ちゃんは一週間に渡って、私を拝み倒してきた。もちろん、マネージャーになる気のない私は、断り続けていた。
だけど心音ちゃんの頼み方は、日を追うごとに激しさを増していった。
そして、私の名前入りの横断幕を持って、校門前で待ち構えられた昨日。私は、その熱意に完敗した。
『分かったよ……。その代わり、付き添うだけだからね?私は、マネージャーにはならないから』
前日で横断幕だから、当日はお昼の校内放送で頼まれかねない。危機感を抱いた私は、もう好きにしてくれと、白旗をふった。
『やったー!ゆいちゃんが来てくれるなら、百人力だよ!』
私の手を取って飛び跳ねる心音ちゃんに、しかたないなって口元をゆるませる。
どんな形であれ、だれかに必要とされるのはうれしい。
お兄ちゃんにも、マネージャー問題のその後を、できれば教えて欲しいと頼まれていたし。
二人の役に立てるなら、ギリギリ行ってもいいと思えた。
「あっ、ミホちゃんだ。一緒にいるの陸上部の先輩かな?」
心音ちゃんが指差す窓の先には、ジャージ姿のミホちゃんがいた。
ハードルを運ぶミホちゃんは、先輩らしき人と笑顔で話している。
「ほんとだ。先輩ともう仲良くなったんだね」
「あーあ。ルリちゃんは、テニス部に入っちゃったし。一緒に男バスのマネージャーになれたら、よかったのに」
すねたように口をとがらせる心音ちゃんだったけど、
「ゆいちゃんは、何部に入るか決まった?」
何気ない質問に、ドキッとする。
「……ううん、まだ」
見学には毎日行っていたけど、これだって思える部はなかった。
その間にほかの友達やクラスメイトは、入る部を決めていく。
体験入部期間の終了までは、残り五日しかない。
みんなが当たり前みたいに……やりたいことを見つけてる。
なのに、私だけが何も見つけられないでいる。
私の気持ちを知ってか知らずか、
「まあ、体験入部期間は、来週の水曜日までだしね。じっくり考えるのも大事だよ」
心音ちゃんは、あっけらかんとした口調で言う。
「それより、あと二十分しかないよ。早く綾人先輩に会いに行かなくちゃ!」
「わっ、待って心音ちゃん!」
走り出した心音ちゃんに、置いて行かれないように着いて行く。
ろう下を照らす光が、スポットライトみたいに心音ちゃんに降り注いでいた。
迷いのない人の背中は、今の私にはまぶしくて。
私は現実から目をそらすように、視線を伏せた。


「うわっ……。すごい人だね」
多目的室の前のろう下は、大勢の女子生徒で埋めつくされていた。
「ふふん。ライバルは、多いほど燃えるものなのよ!」
根拠のない自信に満ち溢れた心音ちゃんは、よゆうたっぷりだ。
「君らも、男バスのマネージャー希望?なら、こっちの列に並んで」
部員らしき男子に声をかけられて、私と心音ちゃんも列に並ぶ。
多目的室の中からは、黄色い悲鳴が聞こえた。
列の整理係までいるなんて、人気な部なんだな。
すっかり他人事でいた私だったけど、
「あれ?ゆいちゃん」
テーブルの前で受付をしていたのは、稲葉先輩と、先輩らしき女子生徒だった。
「あっ、こんにちは!」
私は、失礼がないように二人の先輩に頭を下げる。
歓声の原因は、この人か。
アイドルの握手会並みの長蛇の列だったもんな……。
「あ、綾人先輩!素敵すぎる……!」
心音ちゃんは、念願の綾人先輩に、目をハートしている。
「稲葉、知り合い?」
そう尋ねたのは、もう一人の女の先輩だ。
艶やかな黒髪を下ろした清楚系の美人で、大和撫子って言葉がぴったりだ。
「紡くんの妹さんだよ」
「は、はじめまして……!高坂結衣です」
超ド級の美人を前に、私はガチガチになってあいさつする。
若干、声が裏返ってしまった私に、
「はじめまして。マネージャーで、二年の里見(さとみ)美桜(みお)です」
その先輩は、優しくほほ笑んでくれる。
名前まで、美人……!
透き通るような肌にバラ色の唇は、見る者を虜にする魅力がある。
「ここに名前を書いて、第二グラウンドに行ってね」
「は、はい……!」
私は美桜先輩に見られながら、震える手で名前を書く。
「それじゃあ、がんばってね」
「はい……!ありがとうございます!」
美桜先輩から三十二番の番号札を受け取った私は、夢見心地で列を離れる。
そして、多目的室を出てから。
いや、がんばっちゃダメじゃん⁉︎ 正気に戻った。
美桜先輩効果、恐るべし……。
「はぁ~。綾人先輩、かっこよかった〜!」
満足げな心音ちゃんが持っているのは、三十三番の番号札だ。ろう下を歩いていると、
「ほらあの子、元部長の妹だっていう……」
「コネで入部しようとか、ずるいよね」
ひそひそ声が、さざ波のように押し寄せてきた。
……お兄ちゃんのことで色々言われるのには、慣れっこだ。
騒ぎを起こせば、より面倒なことになるのは分かってる。だから、何も聞こえていないフリをして、やり過ごそうとしたんだけど、
「ちょっと!ゆいちゃんは、そんなんじゃないから!」
肩を怒らせた心音ちゃんは、真正面から立ち向かっていく。
「は?なに、あいつ」
「デブのくせに、うざいんですけど」
「ちょっと、デブって言ったのだれよ!わたしは、ちょっとぽっちゃりなだけ!」
腰に手を当てて断言する心音ちゃんは、とにかくパワフルだ。
心音ちゃんの行動に目を見開いていると、
「行こう、ゆいちゃん!あいつら、ゆいちゃんのこと全然わかってないよ!」
心音ちゃんは、自分のことみたいに怒ってくれる。
「……うん。ありがとう」
少し強引で、困ったところもあるけど。
どんな時でも、自分の信念を貫き通す心音ちゃんは、かっこいい。
「それにしても、グラウンドで試験なんて何するんだろうね?もしかして、マネージャー業対決とか?」
はしゃぐ心音ちゃんだけど。
そのために、わざわざグラウンドに出たりするかな?
ジャージに着替えさせられたってことは、もしかして……。
とある予感が頭をよぎるものの、
「がんばろうね、ゆいちゃん!」
楽しそうな心音ちゃんに、水を差すようなことは言えなくて。私は何も言わず、笑顔を返した。