【13】
「ううっ……。緊張してきた……」
来たる土曜日。春ヶ丘中学校男子バスケ部の面々は、朱鷺坂学園にいた。
朱鷺坂は私立ってだけあって、校舎がとにかくきれい。設備も充実してる。
朱鷺坂はバスケ部だけじゃなくて、運動部全般が強いって有名なんだよね。
すれちがう子たちは全員強そうに見えて、身が引き締まる思いだ。
「お前、試合出ないだろ」
「そうだけどさー」
黒川と話しながら、校門から体育館までの道を歩いていると、
「なーんか、ゆいと黒川、仲良くなってね?おれがいない間になんかあったわけ?」
ひょこっとガクが顔を出す。
「べつに何もないよ。昨日、黒川と一緒に帰っただけ」
「ずりい、ゆい!おれも黒川と仲良くなりたいのに!今度はおれも入れて三人で帰ろうぜ?」
ガクはそう言って、私と黒川の肩に手を回してくる。
黒川は、やめろうっとうしい、とその手を払っている。
いい感じに見えるけど、ガクと黒川はもとからこんな感じなんだよね。
それよりも、問題は、
「チッ。試合前に、浮かれてんじゃねえよ」
前を歩く田代くんが、いらだったように舌打ちする。
田代くんの言うことはもっともなのに、
「どうせお前、試合に出ないだろ」
「そ、そうだよね!ごめん!」
黒川の言葉を、声量を大にしてかき消す。だけど手遅れだったらしく、
「なんだと?」
田代くんが、ぴくりとまゆを動かす。そこで、
「なんだよ、田代も混ざりたかったのかよ~!」
「はぁ⁉︎ちげえよ!」
空気ガン無視のガクが、今度は田代くんにからみにいく。おかげで、黒川と田代くんのケンカはうやむやになった。
だけどこの感じじゃ、またいつケンカがはじまってもおかしくないよね……。
黒川とほかの一年生の距離感も、ぎこちないし。
黒川は昨日、自分の話を私にしてくれた。
だけどそれは、私が選手じゃないっていうのが、大きい気がする。
たぶん黒川は、昔のことがあって、チームメイトを信じられないんだよね。
私は、あくまでマネージャー。コートの中で一緒に戦うのは、選手たちだ。
黒川が、今のチームのみんなを信じられるようになればいいんだけど……。
その方法が浮かばないでいると、
「大丈夫か、ゆい?……やっぱ、あのこと気になるか?」
気づかうように声をかけてきたのは、
「ガク……。うん。心配だよね、黒川と田代くんたちのこと」
私の答えに、ガクは一瞬ぽかんとした顔をして、
「は……?いやいや!そっちも心配だけどさ。おれが言ってんのは、」
どこかあせった様子のガクが言いかけた時、
「やあ、黒川くん。県選抜の強化練習会以来だね」
声をかけてきたのは、白く光る歯がまぶしい男の子。爽やかって言葉を具現化したみたいな、イケメンだ。
「あれ、明野だ。ほら、ウミネコのエースの」
だれかが、ぼそっと言った。
ウミネコバスケットボールクラブと言えば、黒川がいたチームとは優勝争いをしていた強豪だ。同い年なのは知ってたけど、朱鷺坂に入ってたんだ。
「また君と戦えて、うれしいよ」
微笑を浮かべていた明野くんだけど。その表情が、氷のように冷ややかなものになる。
「君はつまらない暴力事件を起こして、最後の大会に出場していなかったからね」
「……っ。そんな言い方!」
たまらず抗議しようとした時、
「女の子が、そんなふうに声を荒らげるものじゃないよ」
困り顔の明野くんは、私のほほにふれて、
「君みたいなかわいい子には、笑顔が似合うから」
……ええっ⁉︎現実にこんなこと言う人いるんだ⁉︎
きらっきらのアイドルスマイルに、ぽかんとしていると、
「ぐえっ⁉︎」
いきなり、ジャージのうしろえりを引かれた。
「許可なく、こいつに触るな」
鋭い眼光で明野くんをにらむのは、黒川。
助かったけど、助け方がワイルドすぎる!かんぜんに、首しまってたし。
そんな黒川を見た明野くんは、ぱちりと目をまたたいて、
「君がだれかに執着するところなんて、初めて見たな……。彼女は、それだけ特別なのかな?」
明野くんは、興味深そうに、まじまじと私を見つめてくる。
その視線に、うっとあとずさりしていると、
「……まあ、いい。決着は、コートでつけよう。もちろん僕はレギュラーに選ばれている。手加減はしないよ?」
言われてみれば、明野くんのジャージの下はユニフォームになっている。不敵な笑みに、警戒心を強めていると、
「君もまたね」
私のほうを向いた明野くんは、ねらい撃ちするように、パチンとウインク。
ひらりと手をふって、行ってしまった。
「なんか……。すっげー爽やかなイケメンだったな……」
ガクの言う通り、そのイメージが先行しちゃうけど。
県選抜に選ばれるような選手ってことは、かなりの強敵だよね。
有力選手ばかりの朱鷺坂でレギュラー入りしてるし。その実力は本物だ。
「つーか、やべっ!先輩たちかなり先に行ってるぞ。おれたちも早く行こうぜ!」
「うん!」
ガクと黒川に続いて、私も走り出そうとした時、
「あっ……」
目に止まったのは、ジャージ姿の女の子。ポニーテールを高い位置で結んだ、猫目の美人には見覚えがあった。
「な、ぎさ……」
目が合うと、相手は目を丸くする。
瞬間、走馬灯みたいに渚との間にあったことがよみがえる。
『ーーあんたのせいで、』
すっと目を細めた渚は、迷いなき足取りでこちらに歩いてくる。相手が一歩近づいてくるたびに、ドクンドクンと心臓が鳴る。
顔がこわばっていくのが分かって、最後には渚の顔が見られなくなった。
「あんた、なんでここにいるの?」
気付けば、手のひらにじっとりと汗をかいていた。
ポケットに手をつっこんだままの渚は、ねめつけるように私を見下ろす。
その肩には、『朱鷺坂学園女子バスケ部』と書かれたスポーツバッグがかかっていた。
ガクが、やけに私のことを心配していた理由が分かった。
「わ、たし……。男バスのマネージャーになったから」
とぎれとぎれに言う私に、渚は、ふーんと興味なさげに言って、
「マネージャーになったってことは、逃げたんだ?」
「えっ……」
思いがけない言葉に、揺れる瞳で渚を見上げると、
「選手でいられないからって、みっともなくバスケにしがみついてるだけでしょ?中途半端な気持ちでやって、また他人に迷惑かけるくらいなら、さっさとやめれば?」
その言葉に、すぐに言い返せない自分にショックを受けた。
渚の言う通り、私はただ、逃げてるだけなのかな……?
答えが出ないまま、唇を引き結ぶことしかできないでいると、
「おーっ!渚じゃん、久しぶりだな!」
ガクが、私をかばうように前に出てきた。さりげなくうしろに回してくれて、背中側で手をひらひらしてくれる。今のうちに逃げるってことみたいだ。
ぐっと挙をにぎった私は、ガクの優しさに甘えることにして、
「そ、それじゃあね、渚!」
引きつった笑顔で言って、立ち止まっていた黒川に追いつく。
「さっきの、知り合いか?」
「う、ん……。ミニバスの時のチームメイト」
それだけじゃないってことは、私の態度からあきらかだったと思う。だけど黒川は、それ以上なにも聞かず、
「悪い、遅くなった!」
渚と別れたガクが戻ってきた。
渚に言われたことを考えていると、自然と重苦しい表情になる。
「大丈夫かな、ゆい……。あいつ、さっきの渚と色々あってさ……」
前を歩くガクが、心配そうに黒川に話すのが聞こえる。
……ダメだ、試合前なのに、二人に心配かけてる。
『また他人に迷惑かけるくらいなら、さっさとやめれば?』
私は、頭をよぎる言葉をふりはらって、
「ごめん、なんでもない!」
走って、二人に追いつく。
……渚とは、なるべく会わないように気を付けよう。
それで、試合が終わったあとは、すぐに帰れば大丈夫、だよね………。
ざわつく胸に、私は気持ちを落ち着けようと必死に努めた。
「ううっ……。緊張してきた……」
来たる土曜日。春ヶ丘中学校男子バスケ部の面々は、朱鷺坂学園にいた。
朱鷺坂は私立ってだけあって、校舎がとにかくきれい。設備も充実してる。
朱鷺坂はバスケ部だけじゃなくて、運動部全般が強いって有名なんだよね。
すれちがう子たちは全員強そうに見えて、身が引き締まる思いだ。
「お前、試合出ないだろ」
「そうだけどさー」
黒川と話しながら、校門から体育館までの道を歩いていると、
「なーんか、ゆいと黒川、仲良くなってね?おれがいない間になんかあったわけ?」
ひょこっとガクが顔を出す。
「べつに何もないよ。昨日、黒川と一緒に帰っただけ」
「ずりい、ゆい!おれも黒川と仲良くなりたいのに!今度はおれも入れて三人で帰ろうぜ?」
ガクはそう言って、私と黒川の肩に手を回してくる。
黒川は、やめろうっとうしい、とその手を払っている。
いい感じに見えるけど、ガクと黒川はもとからこんな感じなんだよね。
それよりも、問題は、
「チッ。試合前に、浮かれてんじゃねえよ」
前を歩く田代くんが、いらだったように舌打ちする。
田代くんの言うことはもっともなのに、
「どうせお前、試合に出ないだろ」
「そ、そうだよね!ごめん!」
黒川の言葉を、声量を大にしてかき消す。だけど手遅れだったらしく、
「なんだと?」
田代くんが、ぴくりとまゆを動かす。そこで、
「なんだよ、田代も混ざりたかったのかよ~!」
「はぁ⁉︎ちげえよ!」
空気ガン無視のガクが、今度は田代くんにからみにいく。おかげで、黒川と田代くんのケンカはうやむやになった。
だけどこの感じじゃ、またいつケンカがはじまってもおかしくないよね……。
黒川とほかの一年生の距離感も、ぎこちないし。
黒川は昨日、自分の話を私にしてくれた。
だけどそれは、私が選手じゃないっていうのが、大きい気がする。
たぶん黒川は、昔のことがあって、チームメイトを信じられないんだよね。
私は、あくまでマネージャー。コートの中で一緒に戦うのは、選手たちだ。
黒川が、今のチームのみんなを信じられるようになればいいんだけど……。
その方法が浮かばないでいると、
「大丈夫か、ゆい?……やっぱ、あのこと気になるか?」
気づかうように声をかけてきたのは、
「ガク……。うん。心配だよね、黒川と田代くんたちのこと」
私の答えに、ガクは一瞬ぽかんとした顔をして、
「は……?いやいや!そっちも心配だけどさ。おれが言ってんのは、」
どこかあせった様子のガクが言いかけた時、
「やあ、黒川くん。県選抜の強化練習会以来だね」
声をかけてきたのは、白く光る歯がまぶしい男の子。爽やかって言葉を具現化したみたいな、イケメンだ。
「あれ、明野だ。ほら、ウミネコのエースの」
だれかが、ぼそっと言った。
ウミネコバスケットボールクラブと言えば、黒川がいたチームとは優勝争いをしていた強豪だ。同い年なのは知ってたけど、朱鷺坂に入ってたんだ。
「また君と戦えて、うれしいよ」
微笑を浮かべていた明野くんだけど。その表情が、氷のように冷ややかなものになる。
「君はつまらない暴力事件を起こして、最後の大会に出場していなかったからね」
「……っ。そんな言い方!」
たまらず抗議しようとした時、
「女の子が、そんなふうに声を荒らげるものじゃないよ」
困り顔の明野くんは、私のほほにふれて、
「君みたいなかわいい子には、笑顔が似合うから」
……ええっ⁉︎現実にこんなこと言う人いるんだ⁉︎
きらっきらのアイドルスマイルに、ぽかんとしていると、
「ぐえっ⁉︎」
いきなり、ジャージのうしろえりを引かれた。
「許可なく、こいつに触るな」
鋭い眼光で明野くんをにらむのは、黒川。
助かったけど、助け方がワイルドすぎる!かんぜんに、首しまってたし。
そんな黒川を見た明野くんは、ぱちりと目をまたたいて、
「君がだれかに執着するところなんて、初めて見たな……。彼女は、それだけ特別なのかな?」
明野くんは、興味深そうに、まじまじと私を見つめてくる。
その視線に、うっとあとずさりしていると、
「……まあ、いい。決着は、コートでつけよう。もちろん僕はレギュラーに選ばれている。手加減はしないよ?」
言われてみれば、明野くんのジャージの下はユニフォームになっている。不敵な笑みに、警戒心を強めていると、
「君もまたね」
私のほうを向いた明野くんは、ねらい撃ちするように、パチンとウインク。
ひらりと手をふって、行ってしまった。
「なんか……。すっげー爽やかなイケメンだったな……」
ガクの言う通り、そのイメージが先行しちゃうけど。
県選抜に選ばれるような選手ってことは、かなりの強敵だよね。
有力選手ばかりの朱鷺坂でレギュラー入りしてるし。その実力は本物だ。
「つーか、やべっ!先輩たちかなり先に行ってるぞ。おれたちも早く行こうぜ!」
「うん!」
ガクと黒川に続いて、私も走り出そうとした時、
「あっ……」
目に止まったのは、ジャージ姿の女の子。ポニーテールを高い位置で結んだ、猫目の美人には見覚えがあった。
「な、ぎさ……」
目が合うと、相手は目を丸くする。
瞬間、走馬灯みたいに渚との間にあったことがよみがえる。
『ーーあんたのせいで、』
すっと目を細めた渚は、迷いなき足取りでこちらに歩いてくる。相手が一歩近づいてくるたびに、ドクンドクンと心臓が鳴る。
顔がこわばっていくのが分かって、最後には渚の顔が見られなくなった。
「あんた、なんでここにいるの?」
気付けば、手のひらにじっとりと汗をかいていた。
ポケットに手をつっこんだままの渚は、ねめつけるように私を見下ろす。
その肩には、『朱鷺坂学園女子バスケ部』と書かれたスポーツバッグがかかっていた。
ガクが、やけに私のことを心配していた理由が分かった。
「わ、たし……。男バスのマネージャーになったから」
とぎれとぎれに言う私に、渚は、ふーんと興味なさげに言って、
「マネージャーになったってことは、逃げたんだ?」
「えっ……」
思いがけない言葉に、揺れる瞳で渚を見上げると、
「選手でいられないからって、みっともなくバスケにしがみついてるだけでしょ?中途半端な気持ちでやって、また他人に迷惑かけるくらいなら、さっさとやめれば?」
その言葉に、すぐに言い返せない自分にショックを受けた。
渚の言う通り、私はただ、逃げてるだけなのかな……?
答えが出ないまま、唇を引き結ぶことしかできないでいると、
「おーっ!渚じゃん、久しぶりだな!」
ガクが、私をかばうように前に出てきた。さりげなくうしろに回してくれて、背中側で手をひらひらしてくれる。今のうちに逃げるってことみたいだ。
ぐっと挙をにぎった私は、ガクの優しさに甘えることにして、
「そ、それじゃあね、渚!」
引きつった笑顔で言って、立ち止まっていた黒川に追いつく。
「さっきの、知り合いか?」
「う、ん……。ミニバスの時のチームメイト」
それだけじゃないってことは、私の態度からあきらかだったと思う。だけど黒川は、それ以上なにも聞かず、
「悪い、遅くなった!」
渚と別れたガクが戻ってきた。
渚に言われたことを考えていると、自然と重苦しい表情になる。
「大丈夫かな、ゆい……。あいつ、さっきの渚と色々あってさ……」
前を歩くガクが、心配そうに黒川に話すのが聞こえる。
……ダメだ、試合前なのに、二人に心配かけてる。
『また他人に迷惑かけるくらいなら、さっさとやめれば?』
私は、頭をよぎる言葉をふりはらって、
「ごめん、なんでもない!」
走って、二人に追いつく。
……渚とは、なるべく会わないように気を付けよう。
それで、試合が終わったあとは、すぐに帰れば大丈夫、だよね………。
ざわつく胸に、私は気持ちを落ち着けようと必死に努めた。

