【2】
登校してきたクラスの子たちと話していると、あっという間に時間が経った。
「おはよー、ゆいちゃん!早いね」
「あっ、おはよう心音ちゃん」
うしろの席にカバンを下ろしたのは、佐渡(さわたり)心音(ここね)ちゃん。昨日の入学式で仲良くなった、ふっくらした顔の女の子だ。にこっと笑いかける顔は愛嬌があって、親しみやすい。
心音ちゃんは、さりげない持ち物とか、髪型がすごくオシャレでかわいいんだ。
「いつも、八時前に来るの?」
「ううん、今日はたまたまだよ」
「そっか、入学初日だもんね。わたしも話に混ぜてよ。みんなと早く仲良くなりたいし!」
心音ちゃんは、私と一緒に話していた女の子たちと自己紹介をし合う。
みんな少しずつ緊張が解けてきたみたいで、和やかな雰囲気だ。
このクラスなら、上手くやっていけるかも!
しばらく話していると、
「ねえねえ、一年生の中にかっこいい男の子いた?」
自然と恋バナがはじまった。
「やっぱり、四組の黒川くんじゃない?」
「レベチでかっこいいって、入学式で話題になってたよね!」
「あんなかっこいい子とつき合えたら、最高だよねー」
きゃっきゃと盛り上がるみんなに、私は少し圧倒される。
入学式では初めてのことばかりで、周りの男の子を見るよゆうなんてなかった。
小学生の頃は、恋愛よりも別のことに夢中だったし。
私も、恋……するのかな?
それなりに憧れはあるけど、イメージがわかない。
「だけど、わたしの一番の推しは、何と言っても二年生の、」
心音ちゃんが言いかけた時、
「チャイム鳴ったぞー。みんな、席着けー」
新しい担任の先生が、教室に入って来た。
「えー。もう?」
残念そうな声を上げるみんなに、
「おっ、女子はもう仲良くなったのか」
先生は、いいことだとうなずいて、席に戻るように促す。
出席取るぞーと、先生が教卓の前に立った時。
ちょんちょんと背中をつつかれた。
心音ちゃんは先生を気にしているのか、声を潜めて、
「話しの続きは、またあとでね」
こそっと、私の耳元でささやいて笑った。
HRが終わって授業の準備をしていると、
「ゆ、ゆいちゃん!大変だよ!」
今朝、仲良くなったばかりのミホちゃんが、興奮した様子で声をかけてきた。
「先輩が呼んでる!」
「先輩?」
だけど私には、わざわざ教室に来てくれるほど、仲の良い先輩なんていないはず。
そこまで考えて、ハッとする。
もしかして、今朝のバスケ部の鬼部長が報復に来たんじゃ……!
思わず、背筋を冷たくした私だったけど、
「しかも、すごくかっこいい!」
頬を紅潮させたミホちゃんが、教室の前扉を指差す。
そこには、ミホちゃんが言う通り、王子様と見まごうようなイケメンが立っていた。
その人は私に合図を送るように、ひらひらと手を振る。
目じりが下がる優しい印象の笑顔に、「ぐはっ!」とこちらの様子をうかがっていた女子たちが、バタバタと撃沈していく。
「ごめんね、呼び出して」
「い、いえ……!」
柔和にほほ笑む美形を前に、私は緊張で上がり気味。
顔だけじゃなくて、モデルさんみたいにスタイルがいいし。
私は、ふわふわと夢見心地でいたんだけど、
「初めまして、ゆいちゃん。俺は、二年の稲葉綾人って言います」
その名前に、ハッとする。
この人が、イナバアヤトさん……!
兄から稲葉先輩に連絡が行って、わざわざ会いに来てくれたのかもしれない。
二年生の教室に行かないといけないのかなって、不安に思っていたから助かった。
「今朝はごめんね。うちで飼っている犬が吐いちゃって。急なことだったから、連絡も間に合わなくて」
「えっ!わんちゃんは大丈夫なんですか⁉︎」
「うん。食べ過ぎだって言われたから、問題ないよ」
「そうですか……。よかったです」
ほっと胸をなで下ろす。
ベットを飼ったことはないけど、家族同然の大切な存在だってことは分かる。
ミューチューブの動画で見る犬とか猫って、すっごくかわいいしね。
「それで、お兄さんから本を預かっていると思うんだけど」
そうだった!
私は教室のうしろのロッカーに走ると、
「こちらが、兄から預かったものです。お納めください!」
「ありがとう、ゆいちゃん。ごめんね、オレが貸してもらう立場なのに、朝早くから学校に来てもらっちゃって」
「い、いいえ!」
カチンコチンになりながら言うと、
「それじゃあ、またね」
先輩は、私の手のひらに、飴玉を二個のせる。
そして去り際、思い出したように足を止めて、
「入学おめでとう」
ふわりと花が咲くような笑顔で告げて、行ってしまった。
その瞬間、
「「「「きゃああああーー!」」」」
教室にいた女子たちが、大歓声を上げる。
それだけじゃなくて、男子も芸能人に遭遇したように興奮している。
お祭り騒ぎのみんなに驚いていると、
「今の国宝級イケメン、だれ⁉︎ ゆいちゃんとどういう間係⁉︎」
「あんな少女漫画から抜け出してきたような王子様が、この世にいるの⁉︎」
「まさか、彼氏⁉︎」
クラスの女の子たちは、恐るべき速度で私を包囲する。
ぐらんぐらん肩を揺さぶられた私は、たじたじだ。
「いや、私も会ったのは初めてで……。私のお兄ちゃんが稲葉先輩と知り合いで、本を渡しといてって頼まれただけ」
「そんなコネがあるの⁉︎うらやましい!」
「あの方の誕生日は⁉︎血液型は⁉︎」
「彼女はいるの⁉︎」
恋する乙女のハリケーンに巻き込まれて、ぐったりしていると、
「ゆいちゃん!マイベストフレンドのあなたにお願いがあるの!」
心音ちゃんに、ぎゅっと両手をつかまれる。
「へ……?」
いつの間にか、ベストフレンドになってる……。
戸惑う私をよそに、心音ちゃんはずいっと顔を近付けてきて、
「放課後、体育館に着いて来て!わたし、バスケ部のマネージャーになりたいの!」
鼻息荒く、宜言した。