春ヶ丘中学校男子バスケ部〜マネージャーになんてなりません⁉︎〜


「黒川くん!」
校舎裏でたたずむ彼を見つけた時、ぽつぽつと雨が降り出していた。曇り空を映したようなどんよりとした瞳が、私をとらえる。緩慢な動きの黒川くんからは、鋭いナイフのような、危険な雰囲気が漂っていた。
「何しに来た?」
「……っ。練習、戻らないと!」
一瞬、つまる。走って来たわりに、連れ戻すための文言を考えていなかった。
「田代くんとも……仲直りしないと」
ひねり出した自分の言葉が、胸に刺さる。
私だって、あの日のことで、渚と仲直りできてないままだ。
どの口が、と唇を噛みしめていると、
「お前、うざいんだよ」
ハッと、胸を突かれる思いがした。
「こそこそ、人のこと嗅ぎ回ってんじゃねえ」
“ゆいって、うざいよね”
それは、ミニバス時代に、チームメイトからさんざん言われた言葉だった。胸を裂かれるような痛みに、顔を上げられなくて、うつむく。
黒川くんから見た私は、見るからに傷付いた顔をしていたんだろう。相手は一瞬、虚を突かれたような、なんとも言えない顔になる。
だけどすぐに、激しい怒りがにじむ表情に変わり、
「部員でもないくせに、引っ込んでろ。お前と話すことなんて、何もない」
突き放すみたいに言って、今度こそ本当に行ってしまった。
一人取り残された私は、その背に声をかけようと口を開いて。だけど、かけられる言葉が見つからなくて……。
ふがいなさに、ぐっと唇噛みしめる。
私は、なんて言えばよかったんだろう……。
暗い空から降りそそぐ雫が、ほほをぬらす。
前にも後ろにも進めないまま、私はただ冷たい雨に打たれることしかできなかった。


体育館に戻ると、練習は再開していた。
……黒川は、まだ戻って来てない。
けっきょくのところ、一人欠けてもチームは回る。残酷だけど、それが現実だ。
渚たちもきっと……私がチームを抜けても、困らなかったんだろうな。
どころか……私がいなくなって、せいせいしてたのかも。半年前の出来事と現状が重なり、胸がつぶれるような思いがした。
黒川は、あの時の私じゃない。
頭では分かっているけど、上手く感情を切り離せない。
体育館の前で立ち尽くして、ぼんやりと練習風景を眺めていると、
「そんなところに突っ立てたら、風邪ひくぞ」
「わっ⁉︎」
部長の仏頂面が見えたかと思えば、視界が塞がった。
頭にかけられたのは、タオルみたいだ。
抵抗する間もなく、びしょ濡れの子犬のようにわしゃわしゃと頭を拭かれる。
「い、いきなりなにするんですか⁉︎」
あんまりびっくりしたから、涙が引っ込んだ。
「洗濯したての予備のタオルだ。大人しく拭かれとけ」
……どうりで、洗剤のいい匂いがするはずだ。
口調は乱暴なのに、その手つきは優しくて、ちぐはぐだなって思う。だけどそれが妙に心地よくて、ささくれ立っていた心が少しずつ凪いでいく。
「黒川のこと……部長は、どう考えてますか?」
自分の中で出せなかった答えも、部長なら教えてくれるような気がした。
私の髪を拭く、部長の手が止まる。
タオルの間から、部長の顔をじっと見上げる。
聡明な瞳の奥に、答えを見つけようとしていると、
「……黒川は、抜きん出た才能がある。今後、エースとしてチームを引っぱっていく選手になるだろう」
「そう、ですよね」
ほっとして、声の調子が明るくなる。だけど、
「だが、今の黒川を試合に出すことはできない」
低く告げられた言葉に、がくぜんとする。
部長の決定が自分のことのようにショックで、上手く飲み込めない。
言葉を失う私に、
「バスケは五対五で戦うスポーツだ。だれにもパスを出さないまま、一人で得点し続けるなんて不可能だ。どれだけ上手くても、決定的な場面で、味方にパスを出せない選手なんて、チームの足を引っぱるだけだ」
「……っ。だけど、黒川はあんなにバスケが上手いのに……」
足を引っぱると言っても、私と黒川は違う。
黒川は、チームに貢献できる力を持っているのに、なのに……。
悔しさと歯がゆさがない交ぜになって、心が荒れる。
「仲間を信じられないのは、黒川の致命的な弱点だ」
部長の言葉は、ぐうの音も出ない正論だった。
それでも、往生際が悪い私は、どうしても納得できない。
私の目には、ありありと抗議の色が浮かんでいたんだろう。
私の瞳を見返した部長は、
「だが、弱点は克服できる」
「……っ!」
わかりやすく目を輝かせる私に、
「……とはいえ、無理強いをしてもしかたがないからな。おれたちがどれだけ言っても、黒川本人が変わろうとしなければ、変わることはできない」
部長は、小さく息をついて、
「今のままの黒川では、土曜日の練習試合にも出してやれない。さすがに他校で、今日のようなトラブルを起こされたら、かばい切れないからな」
それは、黒川を見捨てるって意味じゃない。
純粋に、部外者の目撃証言があれば、言い逃れできないってことだろう。
そもそも、部員が暴力事件を起こしたとなれば、バスケ部自体が大会への出場停止処分を受けるかもしれない。
「……何か、あいつが変われるようなきっかけがあればいいんだけどな」
部長が浮かべた表情は、らしくない、憂いのあるものだった。
その顔を見上げていると、
「そろそろ髪は乾いたな?練習戻るぞ」
最後の仕上げとばかりに、くしゃっと頭に手を置かれる。
「……っ。ありがとう、ございました」
先輩の手の感触に気を取られつつ。
そもそも黒川は、どうしてあんなにも、チームメイトと協力することをこばむんだろう?
体育館に戻って少しすると、黒川を探しに行っていた美桜さんが戻ってきた。
美桜さんの話によると、黒川は、今日は練習に戻らずに帰るらしい。
部長はそれに怒ることはなく、少し頭を冷やした方がいい、という意見だった。
黒川にとっても、ケンカ相手の田代くんにとっても、今日はそうするのがいいと思う。
……こうして見ると、部長って本当に、部員一人一人のことを見てるんだな。
コートで汗を流す部長の横顔を、無意識に見つめる。
黒川や田代くんのことだけじゃなくて、私の相談にも乗ってくれたし。
返ってきた言葉は厳しいものだったけど、誤魔化さず、自分の本音を話してくれた気がして、ちょっとうれしかった。
厳しいマネージャーテストも、元をただせば、稲葉先輩やほかの部員のためだ。
部長って、いい人だな……。
そう思って、あわててかぶりをふる。
……って、いやいや!ヤンキーが猫に優しくしてる理論!
そんなことを考えつつも、やっぱり一番気になるのは、黒川のことだった。