春ヶ丘中学校男子バスケ部〜マネージャーになんてなりません⁉︎〜

【8】
男子バスケ部にマネージャーとして仮入部して、一週間。放課後の第二体育館では、男子バスケ部がミニゲームの真っ最中だった。
「トランジションが遅い!また速攻かけられるぞ!」
「はい!」
一年生チームに向けて、部長の指示が飛ぶ。
トランジションっていうのは、攻守の切り替えのこと。速くなると、試合の流れを有利に進められるんだ。
試合を見ながら、デジタルタイマーに得点を入力しつつ、
田代(たしろ)くんは、ドリブルが上手でコート際での競り合いにも強い……」
部員に関して、気付いたことをメモしていく。
部員の特徴を押さえて、名前を覚えるのもマネージャーの仕事の一つ。
仮入部したばかりの頃、先輩マネージャーの美桜さんにそう言われたんだ。
おかげで、部員みんなの顔と名前は一致してきた。
「それから、黒川くんは……」
そこで、動かしかけていた手が止まる。
黒川(くろかわ)(かける)くん。一年生ながら、一八三センチの高身長。シュートの決定率も高くて、ドリブル、守備のどれをとっても、新一年生の中でも頭一つ飛びぬけて上手い。
どころか二年生も圧倒する勢いで、即戦力として期待されている。
レギュラー入り間違いなしの実力者、なんだけど……。
「よし、十分休けい!」
部長の号令に続いて、
「ゆいちゃん!」
「はい!」
美桜さんの呼びかけで、用意していたボトルを選手たちに渡していく。
「サンキュー、ゆい!」
笑顔で言うガクに答えながらも、気になるのは黒川くんのことで……。
やっぱり、また一人でいる……,
ほかの部員たちは、休けい時間になると仲がいい子と固まって話している。
だけど黒川くんは、ほかの部員との接触は最小限。
みんなの輪を外れて、一人でいることが多い。
「おい、黒川~!さっきのプレー、キレッキレだったな!」
陽気なガクが、黒川くんに話しかけにいく。
黒川くんは、休み時間くらい休ませろと、すげなく言ってガクから離れて座る。
そんな黒川くんに、ほかの一年生は苦笑いしている。
仲間外れにされてるって、わけではなさそうだけど……。
気になって見ていると、ふいに黒川くんと目が合う。
黒曜の瞳は、軽く私を睨むと冷たくそらされてしまう。そんな黒川くんの態度に、私は少し複雑な気持ちになる。
マネージャーの私にまで、愛想よくしろとは言わない。
だけどせめて、チームメイトとは仲良くしたほうがいいんじゃないかな……?


「えっ⁉︎黒川くんのことが知りたい?」
「まさか、恋⁉︎ゆいちゃんに春がきたの⁉︎」
心音ちゃんたちは、昼休みの喧騒にも負けない声で尋ねてくる。ずいっと机に身を乗り出して、興味津々って感じだ。
「あはは……。そういうのじゃないよ」
苦笑いで首をふると、
「なーんだ。違うの?せっかく、ゆいちゃんと恋バナできると思ったのに」
心音ちゃんは机に突っ伏して、残念そうにつぶやく。
そんな心音ちゃんは、つい先日、演劇部に入部した。
ヒロインとして輝くところを、綾人先輩に見てもらうの!って、はりきってるんだ。
さておき、心音ちゃんの声が大きかったせいか、
「高坂さんって、黒川くんのこと好きなの?……やめといたほうがいいと思うけど」
遠慮がちに言ってきたのは、たしか……橋本さんだ。
「やめといたほうがいいって、どうして?」
橋本さんとは、まだあまり話したことがない。
にもかかわらず、橋本さんにとっては、聞き逃せない話題だったらしい。
私の問いかけに、橋本さんは少し気まずそうに、
「あまり広めないでほしいんだけど……。黒川くん、卒業前に、“暴力事件”を起こしてるの。そのせいで、朱鷺坂(ときさか)学園への推薦を取り消されちゃったらしくて……」
ひそめた声でささやかれたのは、黒川くんにまつわる、うわさ話。
本人に直接聞いたわけじゃないから、真偽はわからない。だけど、黒川くんがバスケの強豪校じゃなくて、うちの学校に通っているのは、不思議だなって思ったことはあって。その話が本当なら、腑に落ちてしまう。
だけど、黒川くんがわけもなく暴力件を起こしたとも思いたくなくて……。
私が、よっぽど思い悩んだ顔をしていたのか、
「気になるなら、直接クラスに見に行きましょう!」
「え?」
「行くわよ、ゆいちゃん!善は急げよ!」
「ええーっ⁉︎」
私の手をわしづかみした心音ちゃんは、ジェットスピードでろう下を走る。
そしてやって来た、一年五組の教室前。
「あれが、黒川くんね……」
心音ちゃんは、獲物をロックオンするみたいに目を細める。
「ねえ、やっぱり帰らない?迷惑だと思うし……」
「そんな弱腰でどうするの!ライバルたちに先を越されてもいいの⁉︎」
熱血モードの心音ちゃんに、なんのライバル……?とは、口を挟めない。
扉のかげで、トーテムボールみたいになって話していると、
「で、で、どうなの、ゆいちゃん?教室での黒川くんを見た感想は!」
心音ちゃんは、期待に満ちた目で私を見る。
恋する乙女的なリアクションを期待されているんだろうけど、私にはムリだ。
気を取り直して、黒川くんに視線を戻す。
……なんだ、クラスの人とはふつうに話すんだ。
というか、黒川くんが寝てばかりなのをからかわれて、うっとうしそうにしているだけだけど。
少なくとも、黒川くんは本気で迷惑そうにはしていない。
クラスメイトとの関係は、悪くないみたいだ。
部活中の黒川くんは、寄らば斬るみたいなピリピリした雰囲気なのにな……。
黒川くんの、他者を拒絶するような冷たい眼差しを思い出していると、
「きゃぁああああー!」
となりで悲鳴が上がり、何事⁉︎と思ったら、
「綾人せんぱぁーい!」
言われてみれば、ろう下の先には稲葉先輩の姿が。
今日も今日とて、女の子たちに囲まれて大人気だ。
先輩と目が合って会釈すると、ひらひらと笑顔で手をふり返される。
それに反応した心音ちゃんは、
「あ、綾人先輩が、わたしにファンサを……!こうしちゃいられないわ!」
綾人せんぱぁーい!と、イノシシみたいな勢いで走って行った。
その様子にあっけにとられていると、
「黒川くんってさ。かっこいのに、いつも眉間にしわを寄せててもったいないよね」
「黒川くんが暴力事件を起こしたって、本当なのかな?」
同じクラスのミホちゃんとルカちゃんが、話半分って感じで言う。
だけど、真偽が不確かなうわさをこれ以上広めるわけにはいかない。
「まだ、そうだって決まったわけじゃ、」
やんわり止めようとした時、
「……っ!ゆいちゃん!」
目の前の二人が、あせった様子で顔色を変える。
怪訝に思ってふり返れば、
「あっ……」
すぐ目の前に、黒川くんがいた。
黒川くんは、ギロッとねめつけるように私たちを見下ろし、ふきげんそうに教室を出て行く。
「やばいよ。今の聞かれてたかな?」
「黒川くん、絶対怒ってたって……」
ミホちゃんたちは、顔を青くして震えている。
「謝っておくから、大丈夫だよ」
その場では、そうフォローしたものの。
私も、黒川くんと仲がいいわけではないんだよね……。
憂鬱な気持ちは、ぬぐえなかった。