春ヶ丘中学校男子バスケ部〜マネージャーになんてなりません⁉︎〜


「……っ」
立ち上がろうとすると、右足首がずきりと痛んだ。
杉本さんに足を引っかけられたせいで、ひねってしまってしまったみたいだ。
「二人とも、大丈夫⁉︎」
「接触したのか?」
すぐに駆け寄ってきたマネージャーの美桜さんと、部長に尋ねられる。
サチコさんは、大丈夫です~と答えているけど、違う。
「今のは……」
「高坂さん、走るの二回目で疲れてるもんね?転んだサチコのこと避けられなくても、しかたないよ」
わざとらしく言う杉本さんは、私だけに見える角度でほくそ笑む。
「そうなの、高坂さん?」
美桜さんが、心配そうに私の顔をのぞきこんできて、察する。
……そっか。美桜さんと部長がいる位置からは、杉本さんが、私の足を引っかけたところは見えなかったんだ。
「高坂さん、ケガしたなら、あきらめて休んでたほうがいいんじゃない?」
頭上から、勝ち誇った猫なで声が降ってくる。気づかわしげに声をかけてくる杉本さんは、先輩たちへのいい子アピールもかかさない。
……本当に、どこまでも卑怯な人だ。
ふっと、短く息を吐いた私は、
「まだ一分経ってないですよね?」
立ち上がり、ジャージについた砂を払う。
動かすと、足首は痛むけど……。うん、問題ない。
言うまでもなく、杉本さんにはムカついてる。
だけど、こうしている間にも、タイマーの針は進んでいる。だから、
「時間がもったいないので、走ります!」
「え?」
私の言葉に、美桜さんと部長は、目を丸くする。
そして、杉本さんは、
「はぁあああ⁉︎」
私が持久走を再開することが、まったくの想定外だったらしい。猫を被り忘れた、素の声で叫ぶ。
その声を置き去りにするように、私は地面を蹴る。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
数秒遅れて、あわてた杉本さんが私のあとを追ってくる。
そんな杉本さんの背に、
「あっ、杉本さん!完走の条件は、一周一分以内に走ることなので、杉本さんの残り時間は、あと十秒です」
美桜さんが声をかける。
「なっ、十秒って……!間に合わなかったら、一周目から走り直し⁉︎ふざけないでよ!」
杉本さんは私に構っているよゆうはなくなったのか、死にものぐるいで走る。
とはいえ、私も十八秒しかないから、ギリギリだ。
残り半周。私と杉本さんは、競うようにコースを走る。
「どきなさいよ!」
内側を走りたい杉本さんは、めざわりな私を蹴落とそうと必死だ。
すれちがいざまにぶつかりながら、ようしゃなく足をねらってくる。
だけど、何度も同じ手には引っ掛からない。
ひょいっと、出された足を軽くよけると、杉本さんは、ぎぃいいい!と鬼女のようにわめく。
気付けば、コースを走っているのは、私と杉本さんだけになっていた。
リタイアした子たちは立ち上がって、歓声を送ってくれる。
「ゆいちゃん、がんばれー!」
フェンスの前にできた人だかりからも、声がする。
「気張れ、ゆい!」
息がはずむ、のどがからからで苦しい。
地面に足を着くたびに、痛めた右足首がきしんで激痛が走る。
軽くにぎった手のひらも、すりきれてじんじんと痛む。
だけど、
「いっけぇえええー!ゆいちゃーん!」
ひときわ大きな声援に、ふっと口元がゆるむ。
うん、負けない!
声援に背中を押されて、足の痛みも、疲れも、気にならなくなる。スピードを上げて、ラストスパートだ。
その背後から、杉本さんが迫る。
「ふざけんな!あんたなんかに、綾人先輩は渡さない!綾人先輩のサポートは、あたしがやるんだ!このあたしが、チビで下手くそで、才能のない役立たずなんかに、綾人先輩を……!」
呪詛のようにつぶやく杉本さんは、稲葉先輩のことしか見えていない。
だけど、
「言っとくけど、男子バスケ部の部員は、稲葉先輩だけじゃないから!」
息をはずませながらも、伝わるように、一言一句はっきり言う。
杉本さんは、バカにするみたいに笑って、
「綾人先輩に比べたら、ほかの部員なんて、付け合わせのパセリみたいなものでしょ。綾人先輩を引き立たせるためのモブで、それ以上でも以下でもないから!どうあがいても綾人先輩には勝てないのに、無駄な努力、ご苦労様って感じ!」 
「……っ」
せせら笑う杉本さんに、にぎる拳に力がこもる。
あの日、私があこがれたチームは、特別なだれかと、それ以外に分けられたりしない。
ましてや、部員の人たちのことをモブ扱いしたり、努力をあざ笑って、バカにするなんて。
「……私は、部員に優劣をつける人なんかに、マネージャーが務まるとは思えない」
「はぁ?綾人先輩とモブ部員とじゃ、どう見てもレベルが違うでしょ?綾人先輩に比べたら、あいつらなんて、」
ギリッと、噛みしめた唇から血の味がする。
この人には、もううんざりだ。
だれかを傷付けたり、けなすだけの言葉ばかり、べらべらと!
「言っとくけど、春中の男子バスケ部には、モブなんていないから!部員全員がチームにとって大切で……必要不可な存在なの!」
そんなふうにみんなをバカにしたり、卑怯な手を使う人がマネージャーになるなんて絶対に許せない!
私には、杉本さんをマネージャーにするとかしないとか、決める権限はないけど、
「私は、あなたにだけは、勝ちをゆずらない!」
「なっ……⁉︎」
地面を蹴り、さらにスピードを上げて、杉本さんを突き放す。
「ふ、ざけんなよぉおおお!」
杉本さんの声が、みるみるうちに遠くなっていく。
たしかに私は、チビで、バスケが下手くそで、才能がなかったけど。
あの日あこがれたチームを……お兄さんが大切にしていたチームを守るためなら。
どれだけ苦しくたって、足がちぎれたって、走り続けられるから!
運命を分けるラインが、迫る。
ーーそして、
「あ、ありえない……!このあたしが、こんなやつに!役立たずで才能がないチビなんかに……!」
タイムリミットに間に合わなかった杉本さんは、地面にひざをついてうなだれる。
人のことを蹴落とそうなんて考えずに、まじめに走れば間に合っていたはずなのに……。
「どうしますか、杉本さん?再挑戦されますか?」
美桜さんに尋ねられるものの、杉本さんは苦悶の表情を浮かべる。
私は七周走ってから再挑戦したけど、二十三周目を走ってからの再挑戦はわけが違う。
杉本さんは、苦虫を噛み潰したような顔で、リタイアを宣言した。
とはいえ、私も気を抜けない。ぶじに三十周走り切らなきゃ。そう意気込む、私のうしろで、
「どうせ、あの才能なしも走りきれるわけないわ……」
杉本さんがつぶやく声が聞こえた。