陥れられた護衛悪役令嬢は婚約破棄からの追放を受け、Vtuberになることにしました。


 両手を掲げたジャスティーラ嬢。
 次の瞬間、私たちはなぜか海岸にいた。
 瞬間移動……!? というか、なぜ海岸に!?
 
「ああ、確かに広いところじゃないと召喚できなさそうですね、あれ」
「え? ……え!?」
 
 ナターシャさんが見上げる空。
 私も視線を上げると、おびただしい数の――羽の生えた人の形をしたなにか。
 空を埋め尽くす、あれは……なんだ?
 あれが天使なのか?
 顔のない、細長い体、槍を手に持ち背中に翼を生やしている白い人の形をしている生き物ではない、なにかだ。
 
「は、はは……! あはははは! 女神様が応えてくださった! ほりね! やっぱり! お前はこの国にとって害悪なのよ! アネモネ・ブランドー! 女神様の審判を受けて消えろ!」
「そんな」
 
 私は女神様にすら信用がないのか?
 女神様にすら、この国に必要ないと……。
 そこまで憎まれて、恨まれるようなことをしたのだろうか?
 私はそんなにもひどい生き方をしてきたのだろうか?
 そんなに? どうして?
 槍が向けられる。
 私、本当に?
 
「天使? ただの魔力の塊じゃないですか」
「ですが、これだけの数……中身が詰まっているとしたら一人ではとても使える魔法ではありませんよ」
 
 いつの間にかオリヴィア先輩が私たちの横に戻っていた。
 おそらくここに瞬間移動で連れてこられた時に、オリヴィア先輩が移動してきたのだろう。
 槍を構えた天使たちがゆっくり円を描くように降りてくる。
 ナターシャさんはまったく態度が変わらない、けれど……とてもではないが、あの数と戦うなんて……。
 
「逃げてください、オリヴィア先輩、ナターシャさん! ジャスティーラ嬢の狙いは私です! 私さえここに残れば、お二人はきっと大丈夫です!」
「なにを言っているんですか! そんなことできるわけありませんわ!」
「そうですね。別に逃げる必要もないですし」
「え、でも……っ」
 
 オリヴィア先輩は私と同じく焦りを滲ませている。
 しかし、ナターシャさんはそうではない。
 クスッと形のよい唇を歪ませて、一歩前へ出る。
 
「〜〜〜♪」
 
 唇を開いたナターシャさんが突然歌い始めた。
 な、なぜここで歌?
 上手いけれど、本当に上手いけれど……!
 困惑する私とオリヴィア先輩をよそに、槍を向けて降りてきていた天使たちの様子が突然変化した。
 その場に止まり、こちらに向けていた槍を上に向けた待機スタイルになる。
 
「な……なに!? どういうこと!? なぜ天使たちが動かなくなったの!?」
「天使とはいえただの白魔法でしょう? 女神の加護は確かにあるようですけれど、女神の意思に反して張りぼてをたくさん作り出したところで中身がすっからかんでは魔法の主導権を奪うことなど造作もない」
「しゅ、主導権を……奪った……!? そんなことできるわけないでしょう!?」
「できますよ。実際できているでしょう? 魔法ってわたしが使う神聖霊術の格下の技術なので、書き換えは簡単なんですよね」
「な……な、っ……なに、言って……」
「〜〜〜♪」
 
 聴いたこともない言葉の歌詞。
 それでもナターシャさんの歌声が、魔力よりもどこか特別で強い力を帯びているのがよく伝わってくる。
 足元に広がる魔法陣も、見たことのないものだ。
 空に広がる天使たちが再び槍を構えて一斉に舞い降り始める。
 しかし、天使たちの向ける槍の切先はジャスティーラ嬢に向けられていた。
 本当に、完全に主導権を奪われている……!
 
「い、やよ……! 嘘よ! わたくしは天啓の乙女なのよ!? こんなどこの馬の骨とも知れない女に、なんでわたくしの天使召喚が乗っ取られるのよ!? そんなことありえないでしょう!? 女神よ! 女神アルクレイドよ! わたくしの声に応えて! 天使をわたくしに! この災いを薙ぎ払う力を!」
「女神アルクレイドから伝言があるんですけど、『あなたは素晴らしい白魔法の使い手だけれど、天啓の乙女になるほどの力はありません。天使召喚を模した魔法を編み出したのは面白いけれど、悪用するのはよくありませんよ』――だ、そうです」
「っ……! っ……!」
「え……? あ、あの、そ、それって……」
 
 女神の伝言……? 本当に?
 ジャスティーラ嬢がなにも言い返せないということは、あの無数の天使は『天啓の乙女』が使う【天使召喚】ではないというのか?
 思わずオリヴィア先輩と顔を見合わせてしまう。
 
「あれは天使ではありませんの? ですが、人間一人で生み出せる傀儡の数ではありませんわ」
「オリヴィアは聖魔法の使い手なので白魔法については詳しくないと思いますけれど、白魔法の中には日々回復する魔力を貯蔵しておく魔法があるんですよ」
「白魔法とわたくしの使う聖魔法は違うものなのですか?」
「似て非なるもの、と言った方が正しいですね。同じ効果の魔法もありますが、異なる効果の力もあります。聖魔法はかなり限られた一部の才能のある者が使える、という場合が多いですね。白魔法は一種の属性魔法。こちらも使える才能が必要な場合も多いですが、極めれば聖魔法に近いことができるようになる――聖魔法の下位互換、っという位置づけのことが多いでしょうか。この世界でも白魔法は聖魔法の下位互換。おそらく『天啓の乙女』というのが使えるようになる方が聖魔法だと思いますよ。まあ、ここまで白魔法を極めているのにもったいないとは思いますけれど」
 
 と言って指先をくるりと動かすナターシャさん。
 その瞬間、あのおびただしい数の天使たちがジャスティーラ嬢を取り囲み槍を向けたまま固まった。