陥れられた護衛悪役令嬢は婚約破棄からの追放を受け、Vtuberになることにしました。


「それは違うね」
「えっ」
「あなたは婚約者の代理として護衛に就いていて、他にも正規の護衛騎士が近くに何人もいたのだろう? 正規の騎士たちの仕事を奪わぬよう出しゃばりすぎないように、気を使うことが多かったのでは?」
「それは……」

 それは当然だろう。
 そもそも学友兼従者であるアロークスが私にその代わりを頼んできたのだ。
 王子の――“男の友人”としての役目。護衛騎士としての役目。従者としての役目。
 でも、それぞれの役目を持つ騎士や使用人がいる中、本来その役目を担う者の婚約者が一番前に出るとやっかみがものすごい。
 それでなくとも“令嬢として”の役目を求められず悩み、近衛騎士や護衛騎士に『出しゃばらないでほしい』と直接言われて悩み、できるだけ彼らの邪魔にならないよう一歩下がったところでレオンクライン様の話し相手ぐらいに留まるようにしていた。
 私だって騎士ではある。
 騎士としての訓練も受けているし、魔海の魔物との戦いの経験もあるのに。
 令嬢としても、騎士としても、私に求められるのは中途半端な位置。
 前にも出るな。
 出しゃばるな。
 でも、令嬢として、婚約者として後ろで支えてほしいとは言われない。

「その王子の婚約者候補たちや正規の護衛騎士たちにとっては厄介な存在だっただろうね、君。護衛対象が倒れた時も、色々周りに譲ってしまったのでは?」
「わ……私にそこまでの権限も、ございませんでしたから……」

 正規の護衛騎士の指示が優先されるのは当然のこと。
 出しゃばってはいけない。
 勝手なことをしてはいけない。
 私がやっていいのはレオンクライン様のお側で話し相手になるぐらい。
 騎士なのに、護衛のはずなのに。

「そうだよね。難しいよね。だが、それならばおかしなことが一つある」
「おかしなこと、ですか?」
「王子の婚約者候補たちもまた、テーブルを同じくしたのであれば容疑者になり得る。だが、彼女たちは君を陥れると自分自身に不利になるんだ」
「え?」

 どういうことだろう?
 首を傾げていると、つまり、と人差し指を立てるフィルネルク先輩。

「君は王子の話し相手として彼に婚約者候補たちと会話するよう促していたのだろう?」
「まあ……はい。そう、ですね」
「当然、彼の婚約者候補の顔と名前と家柄、人柄など、君は把握していたのでは?」
「それはもちろんです。王妃殿下よりレオンクライン様に婚約者を早く決めるように促してほしいと頼まれましたから――え? あれ……?」
「そうだ。君を陥れるのは婚約者候補たちにとって、不利益になる。腹の内はともかく、君に自分を売り込む方が絶対に王子の婚約者候補としては利益になるはず。それなのに、君を陥れるのに手を貸した令嬢がいたそうだね」
「……っ」

 確かに私はレオンクライン様の護衛で貴族学校にほとんどまともに通えなかった。
 しかしレオンクライン様の婚約者候補の人柄を調べるために、王妃殿下の主催のお茶会に警備として配置されたことがある。
 全員の顔と名前、家柄、人柄を把握するための“警備騎士”としての仕事だった。
 ほとんどのご令嬢は私をレオンクライン様付きの護
 衛騎士の一人だと認識して、とても穏やかに話しかけてきたが――そういえば、一人だけ王妃殿下の前以外ではかなり、その……横暴な人がいたな。
 その人は真っ先に犯人扱いされた私を殴った人物。

「で、ですが……その方がレオンクライン様に毒を盛る動機はございません。人一倍レオンクライン様へアピールしておられた方です。王太子妃の地位に興味をお持ちではなく、レオンクライン様をお慕いしていると公言もしておりましたし、だからこそ最初に私の頰を叩いたのだと思います」
「そうでしょうか?」
「え?」

 頰に手を当てて、首を傾げたのはロレーヌ先輩。
 そういえばこの人は『異母妹に陥れられて婚約破棄されたばかりか、悪女の汚名を着せられて女性を嗜虐する豚オヤジに嫁がされそうになって逃げ出してきた』というなかなかの経歴持ち。
 その方が、アイリン様の行動に意を唱える。

「そんなにお慕いしている方がずっと騎士とはいえ美しい少女を隣に置いておられたら、嫉妬が上回ることもあるのではないでしょうか? 少なくともわたくしの異母妹もそういうタイプでしたわ。自尊心が高いと、慕う心を嫉妬が上回ることがあると思います。『どうしてこんなに好きなのに、私を選ばないの?』と、慕ってるといいつつも相手の気持ちなんて考えないのです」

 ふう、と溜息を吐くそんな姿も美しい。
 さすが傾国の美女と名高いロレーヌ先輩。
 しかし……それと同じように唇が震える。
 アイリン様は……確かにそういうタイプの……。

「犯人探しよりも、そのレオンクライン様という方が心配ですわ。やはりお亡くなりになってしまったのでしょうか?」
「い、いえ、まだ、わからなくて……」
ARN(エーアールエヌ)シリーズの個体を派遣して調べる手続きは完了しております。別個体がアネモネの世界に向かって、現在調査を開始しております』
「え! それは本当か!? シルバー!」
『はい。アネモネのストレスの原因を究明し、排除するのも我々の職務と考えます』

 右側に浮かぶシルバーを抱き締める。
 自分ではどうすることもできないと思っていた。
 いや、調べてくれるとは言っていたけれど!
 本当に行ってくれたのか!

「わかる。ストレス値高そうだよね、アネモネさん」
「心配ですわ。アンチコメントとかどうか気にしないで社会底辺のゴミがなんぞほざいておるわ、ぐらいの気持ちで見てくださいませね」
「そうですわぁ。なんなら開示請求お小遣いが自ら近づいてきてくれた〜、震えて眠れ〜、ぐらいの気持ちで積極的に狩り取って参りましょう〜♪」
「え? は、はい? え?」