「……はぁ」
キーボードを叩く音に加えて、わたしのため息が登場する。毎日毎日ため息をこぼして、何個分の幸せを逃したかわからない。
もうすでに、アラサーと呼ばれる年齢に突入していた。学生のころ思い描いていた26歳はオフィスに囚われため息をつくような人間とはかけ離れている。仕事にも恋愛にも手を抜かず全力投球をして、まっすぐなキラキラを纏わせたかった。
けれど実際にその年齢になってみると、理想と現実のギャップで押し潰されてしまいそうだった。
仕事はいつまで経っても怒られてばかり。……恋愛だって全然上手くいかない。
パソコン台の横に置かれたカレンダーが目に入る。来週の金曜日、何の予定も書かれていないその日はわたしの誕生日だった。この歳になって、誕生日を祝ってくれるパートナーがいない。学生時代の友人も結婚したり県外に出たりでなかなか予定が合うことはなかった。今年もまた、寂しい一日を過ごすのかと今からどんよりと気分が落ち込む。
「…‥帰ろ」
今日も仕事は終わらないけれど、ここにいると黒く澱んだマイナスに飲み込まれてしまう気がしたから。
「……あっ」
立ち上がった瞬間に、白い花をかたどったピアスが外れて、落ちた。
気づいてよかった、と安堵して拾い上げる。ひいらぎの花を模したこのピアスは、手持ちの中でもかなりお気に入りで、特別だった。このピアスは、わたしが恋愛に対して積極的になれない未練の象徴。
──わかっていながら、手放せずにいた。



