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まさかが、的中した。喫煙室から見た女性は俺が一瞬思い浮かべた"名取叶南"で、性格も全く変わっていなかったらしい。それどころか悪化していた。高校生のときは俺が捌け口のようになっていたけど、そういう存在がいるのか心配になった。
須和さんいわく、定時で終われない部署の、その中でも特に被害者であるらしい叶南。本当にいるのかと思って、パソコンの電源を切って休憩スペースで時間を潰してから営業推進部のフロアに向かえば、本当に一台だけ電源がついていた。
しかも。今日この日を、俺は覚えていた。
今日は叶南の誕生日だ。会っていない間、幾度となくメッセージを送ろうとした日付。一年に一度の特別な日にまで、誰もいなくなったオフィスで残業なんてどうかしている。
あの日行かなかった俺が「今さら何」って怒るだろうか。もしもあの日、俺が逃げずに向き合っていれば、こうしてひとりで辛い思いをさせなくて済んだかな。それでも、いくらでも待ちたかった。叶南に引き寄せられる心はあの頃とひとつも変わらない。
"俺のこと好きになんないで"
昼間、会議室で放った言葉は、大嘘だ。
また俺は、君から逃げようとした。彼女に対する特別な感情と向き合うことが、怖かった。
けどもう、逃げたくはない。逃げることなんてできなかった。
──叶南。もう一度、好きになってほしい。



