急いでパソコンの電源を落とす。スマホをぎゅっと握りしめて、ロッカーから鞄を出してすぐさまエレベーターホールのボタンを押した。メイクを直す時間すらもったいなく思えた。ただ、足が勝手に動いた。


 13階から1階のロビーまでたどり着くのがやけに長く感じて、エレベーター内の箱はわたしの呼吸が鮮明に閉じ込められている気がした。


 お疲れ様でした、という自動音声が鼓膜を揺らす。7センチのヒールを鳴らしてすぐに飛び出せば、視界に映り込むすらっとしたシルエット。間違いなく、恋焦がれ続けた彼だ。


 柊、と呼びかけて、この自社ビルに社内の人が残っている可能性を考えて「日永くん」と言い換えた。一歩、また一歩と近づけば、彼はわたしの配慮を嘲笑うかのように「叶南」と誰も呼ばない下の名前を口にした。


 ソファーやカフェのある、広い1階ロビー。目に見えるのはわたしと彼のみだ。


 「なんで、」

 「叶南が、こんなホワイト企業で残業してるって話を聞いて」

 「だからってなんで」

 「誕生日じゃん、今日」