亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 目を閉じて耳を澄ませると、色々なものが聞こえてくる。頭上の枝にいる鳥たちの囀り、木々を揺らす風の音、練兵場で訓練をしている騎士の声。それらをぼんやりと聞きながらここで一息つきたくなるのは、決まって疲れが溜まった時だ。

 隣にルーチェが座る気配がして、ヴィルジールは目を開けた。

「お疲れのようですね。顔色が悪い気がします」

 ルーチェはヴィルジールの深い青色の瞳を真っ直ぐ見上げ、困ったように眉を下げる。

「……夢見が悪かった所為かもしれない」

「どんな夢を?」

「よく分からない」

 よく分からないというのに、悪いと仰るのですが、とルーチェが首を捻る。その細い手がヴィルジールに伸びてきたかと思えば、次の瞬間には額に押し当てられていた。

 ──今、何をされているのだろうか。

 硬直しているヴィルジールの顔の前にいるルーチェは、ううんと唸りながら、自身の額にも手を当て、瞬きをしながら少し上を見ていた。

「……ルーチェ」

 名を呼ぶと、ルーチェは呼吸を忘れたような顔をしてから、ヴィルジールから手を離した。そのまま物凄い勢いで後ろにカサカサと下がると、ぱっと正座をする。

 ヴィルジールはルーチェが何をしていたのか、そして何故逃げるように後退したのかが分からず、薄い唇を開きかけたまま固まった。