亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「────っ」

 ヴィルジールは弾かれたように目を覚ました。

 全身の肌は粟立っているというのに、額にも背にも冷や汗を掻いている。鈍く痛む頭を押さえていると、誰かが目の前に湯気が立つティーカップを置いた。昔から好んで口にしている茶葉の香りがする。

 深く息を吸い込みながら目線を上げると、エヴァンが苦笑を浮かべながらお盆を手に立っていた。

「──陛下がうたた寝をされるなんて、珍しいですね」

 それは違う、と言い返す気力はなかった。
 ヴィルジールはこめかみに指先を添えながら、深く息を吐く。

「……ここ最近、夢見が悪かった」

「悪い夢ですか?」

 あれは悪い夢なのだろうか。ティーカップの取手に指を掛けたまま、紅茶に映る自分の顔を見る。ここ数日眠りが浅かった為か、酷い顔色だ。

「さあな。あれが何なのかは俺が知りたいくらいだ」

 それは困りましたね、とエヴァンが首を捻る。ただでさえ仕事量が人より多いというのに、皇帝であるヴィルジールが倒れたらどうなることやらと懸念しているのだろう。

「宮廷医に薬を処方させましょうか? それとも治癒師を呼びましょうか」

 ヴィルジールは首を左右に振りながら、椅子から立ち上がった。

「いい。少し散歩に出てくる」

 散歩?と、エヴァンが驚いた声を出したが、ヴィルジールは返事をせずに執務室を出た。

 陽光が差し込む廊下を真っ直ぐに歩く。執務室前の廊下は常に人払いをしている為、警護当番の騎士を除いて誰もいない。

(……あの場所に行くか)

 歩きながら行き先を決めたヴィルジールは、城の中庭に繋がるガラス扉を開けた。そして、その先の景色を見て静かに息を呑んだ。

「……ルーチェ?」

「ヴィ、ヴィルジールさまっ……?」

 なんと、ルーチェが数冊の本を手に、中庭に座り込んでいたのだ。