亡国の聖女は氷帝に溺愛される

(……本当に、そうかしら)

 ルーチェはヴィルジールを噂のような人物だと感じたことはない。
 初めは冷たい印象を受けたが、それは眼差しや淡々とした物言いからくるものであって、彼の人間性は決して冷淡ではないと思っている。

 避難民に衣食住を提供していたり、竜が城下を襲撃してきた時は自ら赴き、民を避難誘導するよう部下に指示もしていた。ルーチェに新しい名前をくれたのも彼で、この国に居て良いのだとも言ってくれた。そんなふうに他人に心を配れる人を、冷酷で無慈悲な人間だと思えるだろうか。

 ルーチェの視線に気づいたのか、ヴィルジールが体ごと向き直る。

「どうした」

「いえ、何でもございません」

「何でもないのに、人の顔を見ていたのか」

 ヴィルジールの顔が近づく。薄い唇は少しだけ横に引かれ、ルーチェを覗き込む青い瞳は柔さを纏っていた。

 初めて見る表情が、ヴィルジールの顔に浮かんでいる。微笑と呼ぶにはくすぐったいが、それが一番近いように思う。

「あ……その……」

 ルーチェは口を開いたり閉じたりしてから、視界の片隅に映る露店を指差した。

「あのお店が気になったのです」

 ヴィルジールの目がルーチェが指差す方へと動く。

「花菓子か。ならば行こう」

 本当は、ヴィルジールのことを考えていたから、見てしまっていたのだと言うべきだったかもしれない。だけれど、ルーチェは胸の奥にしまい込んだ。
 そういうことは、言ってはいけないような気がした。