亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 陽気に賑わう市の一角。人々の流れに乗るように、ルーチェとヴィルジールは人混みに紛れ込んだ。物を売る者は専用の長机の上に商品を並べ、行き交う人たちにおすすめの商品を宣伝している。

 子供だけは指定の場所以外での販売が許されているのか、編み籠を腕に掛けながら歩き販売をしていた。

「なぜ花市というのですか?」

 花市という名のわりには、花を売っている者の姿は見えない。何故そう呼ばれているのだろうか、と疑問に思ったルーチェは、隣を歩くヴィルジールに問いかけた。

 ヴィルジールはぴたりと足を止めると、一番近くの出店の前にルーチェを連れて行った。そして、品物が並ぶテーブルの端に、そっと指を添える。そこには花の模様が彫られていた。

「……この市を催したばかりの頃、どんなものなら大人が買ってくれるかと一人の子供が城を訪れてきた。ならば花を売るよう言ってみたところ、それが人から人へと伝わっていき、その日の市は花で溢れかえった」

「だから、花市……」

「そうだな。今は様々な物が売られているが、あれ以来、花市と呼ばれるようになっていた」

 ヴィルジールが子供に花を売れと助言をする姿が想像できなくて、ルーチェはこぼれるように笑った。

「素敵ですね。誰が何を売っても良いだなんて」

「とは言っても、危険物が流通しないよう、事前にある程度の検査はするが」

 花型に彫られている机をなぞる指の動きは、大切なものに触れるかのように優しげだ。 

 店主に商品のことについて尋ね、快く買い上げ、また次の店へと足を運ぶヴィルジールの姿は、冷酷や無慈悲などとは程遠く見えた。