亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 騎士の顔が一瞬にして恐怖に染まる。身体が動かないのか、唇を震わせながら見上げていた。

 ヴィルジールは少女へと視線を移すと、白い手を翳した。すると、どこからともなく現れた氷の刃が、少女を縛っていた縄を一瞬で切った。

「……名は」

 少女は落ちた縄を見つめたまま、首を左右に振った。

 自分がどこの誰で、今まで何をしていたのかも、これから何をしようとしていたのかも分からないのだ。

「全員下がれ」

 ヴィルジールがそう言うと、少女に怒りを向けた騎士は脱兎の如く駆け出し、配置されていた騎士たちも即座に退出していった。

 玉座があるだけの広い空間にふたりきりになると、ヴィルジールは歩き出した。玉座に戻るのかと思いきや、その足先は別の方向を向いている。

「着いてこい」

 有無を言わせない、寒々とした口調で言われ、少女は反射的に頷いていた。

 少女が立つと、ヴィルジールは歩き出した。どこへ向かうのか問う勇気は湧かない。黙って後ろを着いて行くと、大きな硝子の扉の前でヴィルジールは足を止めた。

 ヴィルジールが取手に触れると、その扉は開かれた。