亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「──余計な事をするな。エヴァン」

 間に割って入るように現れたのはヴィルジールだ。

 白銀色の髪に、冴え冴えとした青い瞳。いつもは誰が見ても一目で皇帝だと分かる衣装を着ているが、今日は白いブラウスに漆黒のコートというシンプルな服装だ。
 だからこそ、彼の端正で美しい顔が際立っている。

「おやおや、怖いですねぇ。迎えに行けと言われたのでここまでお連れしましたのに。馬車から降りる女性に手を差し出すのは、紳士として当然のことではありませんか?」

「そこまでは頼んでいない」

 ヴィルジールはほんの少しの苛立ちを宿しながら、エヴァンに不機嫌に返すと、馬車の入り口にいるルーチェを見遣った。

「……降りれるか? また飛び降りても構わないが」 

 ルーチェはぶんぶんと首を左右に振った。

「お、降りれます!飛び降りません……!」

 手を掴まれているだけでも恥ずかしいというのに、人前でテラスから飛び降りた話をされでもしたら、このまま馬車の中に閉じこもってしまいたくなりそうだ。

 そんなルーチェの気持ちを察したのか、ヴィルジールは静かに喉を鳴らすと、掴んだルーチェの手を勢いよく引いた。

 当然、ルーチェの身体はぐらりと傾いたが、引っ張った張本人であるヴィルジールに軽々と受け止められた。

 それをエヴァンが満面の笑みで見ていたので、ルーチェは恥ずかしさで顔を赤く染めた。