亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「あの方が女性と踊られたことは一度もありませんよ。誘われても断っていましたし。……眼差しで」 

「そう……なのですね?」

「ええ!何せ女性が苦手な方ですから」

 女性が苦手なのに、ルーチェと出掛けるのは大丈夫なのだろうか。それは自分を女として見ていないからなのか、怪我を治した恩を返すためなのか。

「陛下は……私をどうするおつもりなのでしょう」

 ルーチェは手元の帽子に視線を落とした。

 名前をくれた。ここにいていいと言ってくれた。けれど、それから先のことは分からない。ルーチェ自身も、どうしたいのかはよく分からない。

 今回の外出はルーチェが自分自身を知るために、とヴィルジールが提案してくれたことだが、そうすることによって彼に何の得があるのだろうか。

 ルーチェは聖女だけれど、その力の使い方が分からない、名ばかりのものだ。

「顔を上げてください、聖女様」

 エヴァンが優しい声を掛けてくる。辿るように、ルーチェは視線を持ち上げた。

「陛下は貴女をどうこうするおつもりはないと思いますよ。ただ、力になって差し上げたいのだと思います」

「私の力に……?」

 エヴァンは笑顔で頷く。

「冷酷だ、慈悲の欠片もない、逆らったら氷漬けにされるなどと様々な噂が飛び交う御方ですが……本当はお優しい方なのです」

 ルーチェはエヴァンの茶色の瞳を見つめ返しながら、ゆっくりと頷いた。

「……お優しい方だということは、存じております」

「それならようございました。今日は陛下のこと、よろしくお願いしますね」

 目的地に着いたのか、馬車が停まった。エヴァンは軽く会釈をして戸を開けると、迎えにきた時のようにルーチェに手を差し出してきた。

 ルーチェは手を伸ばしたのだが、その手がエヴァンと合わさることはなく、横から伸びてきた手に捕らわれた。