亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 ソレイユ宮の前には、一台の馬車が停まっていた。セルカが門を開けると同時に馬車の扉も開かれ、中から見知った人が出てくる。

「ご機嫌はいかがですか?聖女様」

 現れたのはエヴァンだ。にこやかに微笑みながら、ルーチェに深々と敬礼をすると、今日の装いは一段と素敵だなどと褒めてきた。

「こんにちは、エヴァン様。どうしてこちらに?」

「人使いの荒い上司に頼まれましてね。さあ馬車にお乗りください。正門までお連れします」

 エヴァンは「さあさあ」とルーチェに手を差し出す。

 ルーチェは後ろを振り返り、セルカに「行ってきます」と会釈をした。

「お気をつけて行ってらっしゃいませ。ルーチェ様」

 エヴァンの手に導かれ、馬車の中に乗り込む。向かい側に座ったエヴァンが戸を閉め、御者に声を掛けると、馬車はゆっくりと動き出した。

「いやあ、驚きましたよ。あの陛下が女性とお出かけになる日が来るなんて」

 ルーチェは瞬きをしながらエヴァンと目を合わせた。

「これまでにそういったことは一度もなかったのですか?」

「ええ、ございません」

「式典で私と踊ってくださった時、とてもお上手だったので、てっきり慣れているのだと思っていました」

「いやいやいやいや!」

 エヴァンは声に出して笑うと、目尻に薄らと滲んだ涙を指先で拭いながら、肩を震わせている。