亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 石碑に書かれている文字を見に行こうと思い、ルーチェは立ち上がる。ふわりと吹いた風が、花の香りを運んできた。恐らく庭園を埋め尽くしている、青い花のものだろうと思う。限られた人間しか着ていない色と同じであることに、きっと意味があるのだろう。

 ルーチェは石碑の前で足を止め、そこに書かれている文字に目を落としながら、指先でそっと撫でた。

「──青に誓いと約束を。ソレイユ様は青色がお好きだったのでしょうか」

「そう書いてあるのか?」

 ヴィルジールが驚いたような声音で尋ねてくる。振り返ると、ヴィルジールは目を見張っていた。

「……?ええ、そのように書いてありますが……」

「同じ聖女だからか」

 ヴィルジールの言っていることがよく分からず、ルーチェは首を傾げた。自分はただそこに書いてある文字を読んだだけだというのに。

 暫くの間、ヴィルジールは何かを考え込む様子だったが、答えを見つけたのかルーチェの元へと歩み寄ると、隣に並んで立った。その青い瞳は石碑へと向けられている。

「……記憶を失っても、お前が培ってきたものは失われてはいない。ならば自分のことを知れば、記憶を取り戻すきっかけになるのではないか?」

「陛下……?」

 ヴィルジールが目を伏せ、それからルーチェと向き直る。

「ヴィルジールでいい」

「……ヴィルジール、さま? 自分のことを知るとは、どのような…」

「そのままの意味だ」

 ヴィルジールは辿るように視線を上げ、眩しげなものを見るかのように夜空を見上げる。

「近いうちに、出掛ける」

 そう呟かれた声に、ルーチェの耳は優しく撫でられた。