亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「ここはどこなのでしょうか」

 頭の天辺から爪先まで洗われた少女は、ベッドがある部屋に戻るなりそう問いかけた。

 セルカは柔らかいタオルで少女の髪を拭きながら、淡々とした口調で答える。

「ここはオヴリヴィオ帝国でございます」

「オヴリヴィオ…?」

「はい。ヴィルジール皇帝が治めておられます」

「ヴィル、ジール……」

 少女はか細い声で繰り返した。どちらも初めて聞く名だ。

「私はどうしてここにいるのでしょうか」

「陛下の命で捜索に向かった騎士団がお連れになった、と聞いております」

 少女は顔を俯かせた。どうやら自分は捜し出されるようなことをしてしまったようだ。

 曖昧なのは、何も分からないからだ。思い出そうとしても、何一つ頭に浮かばない。

「私は、何なのでしょうか」

 セルカは手を止め、タオルを手に持ったまま少女の目の前に来ると、顔を覗き込んだ。藍色の目が少しだけ見開かれている。

「……もしや、記憶が…」

 セルカが何かを言いかけたその時、勢いよく扉が開いたかと思えば、腰に剣を穿いている男が二人入ってきた。

「──陛下がお呼びです。ご同行を」

 少女は立ち上がった。世話をしてくれたセルカを振り返り、真摯な藍色の瞳をじっと見つめ返す。

 目が合った瞬間、セルカは逸らすように頭を下げてきたので、どんな表情をしていたのか分からなかった。