亡国の聖女は氷帝に溺愛される



 皇帝の即位十年目を祝う式典は、予定通りに開催された。国内の貴族は勿論のこと、周辺諸国からは王侯貴族たちが賓客として招かれ、主都を賑やかにさせた。

 中には、未だ独身であるヴィルジールに娘を差し出すべく、目が痛くなるほど着飾らせた娘を連れてくる貴族も数知れず。

 野心と保身、或いは畏怖。様々な感情が入り混じるホールの前に、一台の馬車が到着した。中から姿を現した人を一番最初に目にした貴族の男は、息をするように声を漏らした。

「──あの美しい女性はどなただ?」

 男の声を聞いて、周辺にいた者たちも振り返る。そして、誰もが息を呑んだ。そこに息づく美しさと儚さ、可憐さに。

 一人の少女と、それを取り囲む賓客たちの図が出来上がって程なくして、ある男が人混みを掻き分けて現れる。

「──聖女様。お迎えに上がりました」

 その男は“聖女”と呼んだ少女──ルーチェの前で跪くと、エスコートするべく手を差し出した。

「陛下の懐刀であるデューク卿が……」

「聖女様と言ったか? ではこの方が、竜を退け結界を張ったという……」

 ルーチェは足を引きそうになったが、わざわざ迎えにきてくれたアスランに応えるために前を向いた。

 今や帝国中を騒がせている存在が目の前にいると知り、その関心から挨拶をと近づいてくる者が絶えないが、アスランが盾となってくれた。