「何を仰るのですか。貴女様は皇帝陛下の御命を救ったのですよ。先日の襲撃事件のことといい、破魔の結界といい、我ら帝国の民はどうお返ししたら良いか」

「ですが、あの竜はきっと、私を……」

 ルーチェは俯いた。ヴィルジールを救い、民の傷をも癒したことに感謝されても、そもそもその元凶となった竜はルーチェを襲いにきたのではないかと思っているからだ。

 あの竜はルーチェを知っていた。光を纏う黄金の竜は恐ろしく強く、誰もが怖れるというヴィルジールの命をも脅かしたのだ。

「……ルーチェ様」

 まだヴィルジール以外の人には呼ばれたことがない名を呼ばれ、ルーチェは顔を上げる。すると、穏やかな表情をしているセルカと目が合った。

「私もそう呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」

「セルカさん……」

「帝国を救ってくださった聖女様に、願いを乞うなど……身の程知らずなのは承知の上でございます」

 ルーチェは泣きたくなるような気持ちで、首を左右に振った。

 身の程知らずなのは自分の方だ。己のことも己の罪も、全てを忘れているルーチェにセルカは尽くしてくれている。たとえそれが、命令であったとしても。

「ルーチェと呼んでください」

 セルカは口元を綻ばせると、胸の下で手を重ね合わせながら頭を下げた。